後編
土を足でしっかりと踏みつけ坂を駆け降りる。
大人になれば一般人には全力で走る機会なぞ早々にはない。膝が悲鳴を上げたりしないかとそんなことを考えながら走っているが、どうもそんな不安を払拭できるぐらいには体の調子がいい。
もはや、怖いぐらいだ。これがいわゆるアドレナリンが出ているという状態なのだろうか。
昔、剣道や空手をやってた頃はよく走り込みをしていたが、あの頃のような身体の軽さだ。
林の中、俺は盈と駆け下りている。ここからでもぼんやりとした光が遠くから見える。俺たちを探している村人だろう。
どちらにしろこの局面を切り抜けるまでは後でどうなろうとこのまま体がもっていて欲しいが。
そんなことを考えていると、俺は並走して駆け降りている彼女へ呼びかけられる。
「それでどうでしょう、東堂様、お身体の調子は」
「あぁ、問題ない。さっきまで薬で倒れていたとは思えないくらいに調子がいいよ!」
「それはよかったです。もし何か身体に不調があれば遠慮なく」
「あぁ、それで、さっきのこととかそうだが、アレは何がどうなってるのか……」
俺が頭に思い描くのは先程の不可思議な現象の数々や彼女の大立ち回りや聞きなれない単語の数々。
「そうですね、それをお話しする前にまず東堂様のこれまでの経緯を、改めて私から」
「ん? あ、あぁ」
「大学の文化人類学の准教授である東堂様は日本有数の山脈の中にある盆地に作られた隠秋村の風習に興味を持ちコンタクトを取ります。そして、そのコンタクトを受け隠秋村は東堂様の来訪を許諾、この村に招きます。本来、外部の人間が来ることを良しとしないこの村で何故東堂様が入ることが許されたのか。それは、村で度々行われる豊穣を願う祭と云われる隠秋祭。その祭りの中でも数十年に一度の特別な一祭ではその間だけ外部の人間が招かれ、村に滞在することを許されるというしきたりがありその特別な祭が開かれるにあたってのことでした。
そうして、招かれた東堂様は村民と交流していく途中でこの私、次代村長である盈と出会い行動を共にし、村について調べていきます。そして、祭りの最終日の前日、宴に招かれた記憶を最後に、東堂様は目を覚ますと牢屋に閉じ込められていました。
そこに現れる私、盈。私は東堂様へ真実を打ち明けます。それは、この村についての真実、祭りは実は生贄を捧げる儀式であったこと。そして、数十年に一度、外部の人間を招くのはその儀式の贄とするべく招くためであり、それに選ばれたのが東堂様であったこと。それらを知った東堂様は私を連れて二人で逃げることを選択、私たちは共に牢屋を抜け出します。そこへ現れた二人の村民の追手。私は現れた追手と戦闘になりましたが、なんとか勝利。そして、私は東堂様へこの村を脱出するにはこの村から出入りを拒む結界の発生源である生け贄の儀式を行っている隠秋神社ごと壊すしかないことを告げます。そして私たちは儀式を解体するべく神社へ向かうことにしました」
「うん、それで、改めてだ、儀式を壊すために神社へ向かうのはいいが、まず、さっき言ってた因習開放とかそこらへんを教えてくれないか」
「えぇ、そうですね。……はぁ!」
盈さんが空へ手を翳すと何やら周りへ薄い透明な膜の様な物が広がっていく。
「姿を眩ませる幻術を辺り一帯に張りました。走り続けては疲れるでしょうし、少し歩きながら説明しましょう……休憩の方がよろしいでしょうか」
「いや、大丈夫だよ。時間も惜しいし、歩きながらでお願いするよ」
そうして俺たちは走るの止めると、林を抜け、開けた場所に出る。村や田んぼが下に広がり月に照らされ良く見える。そして、目と鼻の先に丁度分かれ道。上へ続く方と下へ続く方、山へ行くか、村へ行くか。といったところだろうが。盈は目の前の分かれ道を上に続く方へ行く。
「そっちへ行くのか」
「はい、少し山伝いにはなりますがこちらから向かいます、こちらからなら多少戦闘も避けられるでしょうし、途中、長い竹林を突っ切ることになりますが……はぁっ」
盈が何やら手で印の様な物を作り、周囲に俺たちに姿がそっくりな何かが現れる。……何も知らなければ幻覚か何かだと思うだろうが。
「幻術で私たちに似た偽物を作りました。それぞれ別の方向へ向かわせ動きをかく乱させます」
そうすると、偽物の俺たちは四方八方へ散り散りに走り出す。
「あぁ……助かる? よ」
「えぇと、それでは改めて説明いたします……いきなりですが東堂様は規律を守られていますか?」
「うん? あぁ。まぁ、それなりには守っているつもりだけれど」
夜の山沿いの道、林を挟みながら下の盆地である畑と家の並びの景色が見える。光があちこちに移動するのが忙しなく見えている。俺たちを探しているのか。
「そうですね、最初にお会いした神社でもちゃんと真中の道を避けながら、お参りされてましたし、東堂様はかなりそういったことを守る御方でしょう」
「まぁ、確かに基本的にそういったことは守るけれど……というか、あれは規律、ルールともまた違うような気もするが……」
「はい、そうですね、違うかもしれません。ですが、ここにおいて重要なのは置かれた決まりに従うという事です。神社に来れば大概の方々はそういった決まりを守ります。無暗に堂に入らない。真ん中の道は避ける。神社以外でもありますね。寺では山門を踏んではいけない。他にも、見てはいけない。逆に礼をしなければならない。生活の中にもあるでしょう。えれべーたーは左に乗る。桜の枝を折らない。……何故そうしなければならないのか? とお思いになったことは?」
「小さい頃はあるかもしれないが、今はあまり無いな……。そりゃあ大体は守るが、理由なんて特には考えては無いし、守った方がいい事もあるからぐらいの感覚だな。ここは危険だから入らないでくださいみたいな注意書きがぶら下がってたら大抵皆危ないから避けようとなるだろう? そういった何かの理由だってあるかもしれないし」
「えぇ、お金の様に、または単純な暴力の様に、そこには理由は無くとも人を動かす何かが生まれます。人を縛り、時には守り、形は無くともそこには確かに存在するようになるのです。名前の付いた、あるいは名前のない、人の生み出した、人を動かす、頼り従う……『因る』身に宿す『習わし』が。それを私たちは『因習』と呼ぶのです」
話の中、盈は道を外れ、柵を超え、山林の中に入っていく。俺はそのまま続き、柵を超え、入る。
「私たちの言う因習も本来の意味とは違っているのかもしれません。これよりはそういった力の概念の様なモノと解釈していただければ。……本題に入ります。人に、また因習に宿る、それらへ秘められた原動力となるえねるぎー、それを私たちは因習力と呼んでいます」
「因習力」
「これは人が生まれながらにして誰もが適性を持ち宿しています。大抵はあっても微弱な物ですが。ですが、因習力をある程度宿し、認知し、操ることが出来れば、指向性を持った力となり、様々なことが出来るようになります。これは因習術と呼ばれています」
「因習術」
これはかなり頭を軽くする必要があるようだ。
「そう簡単ではないのですが、先程の幻術だったり、結界だったり、刀を呼び出したり……ああいった事を出来るようになるのです。……どうでしょう? 説明は上手くできているでしょうか」
「あぁ……うん、何とか理解出来ているよ」
あまりちゃんと理解は出来ないが……理解できていると自分に言い聞かせつつ理解する。
「……それでだ、因習そのもの? はどうなんだ? 君の説明だと因習といった概念、ルールにも力が宿る口ぶりだったが」
何も分からないが、分かるために、彼女に手探りの様に尋ねる。半ば自分でも何を言っているか分からないが。
「はい、人間の悲しい、怖い、嬉しいといった感情、そういった想いは因習を増幅させます。様々な人の感情の受け皿となった因習もまた、指向性を持った力になります。それは何かに宿ったり、形を持ったりと。例えば……周りに近づいてはいけないという人形があり、それが因習になった場合、その人形には近づくことが出来なくなります。勿論、力の大小も因習で様々ですしそれ程強い因習でなければ近づきにくいという程度です。近づけなくともこちらの因習力が高ければ無理やり近づくことも出来ます。そうして、それを術でねじ伏せる、従わせる、寄り添う形で因習を己が者とするとします。この場合、人形の因習を己が者とし因習を発動した場合、人形と同じようにその者に近づけなくなるわけです。そして、それを術で加工したり、変容させていくことで、人形を刀にしたり、刀を壊そうとしても近づけず、逆に弾かれるといった指向性を付与出来ます」
「なるほど……?」
「形のない……先程の男たちが使った具体的な依り代のない因習の場合は術を使い武器に降ろしたり、幽霊、都市伝説の様な形を作り出したもの場合は倒して武器に宿したり、調伏して従えたりします。ただし因習は因習の力を持つ者にしか見えません。先程の例でいえば人形や刀は現実に物質としてある為見えますが、幽霊といった類は身体が因習で構成されている為見えないでしょう、術なども同様です」
「……だが、俺は見えてる、が?」
「はい……恐らく、東堂様は因習術による薬で仮死状態に死の淵を彷徨いました。そして死を乗り越え目を覚ましたことで自らの潜在因習力が覚醒し因習力が上がったのではないかと。あまり無い例なので憶測ですが」
「潜在因習力……?」
長い竹林の中から景色を見下ろすと奥の方に一段と光が灯っている場所が見える。あれは……隠秋神社か、少しずつ近づいているようだ。……追手はまだ来ないようだが。
「話が戻ります、そうして因習を己が力としていくわけですが、これにはその先があります。因習を武器として扱うのではなく、自分という存在と一つにし、解き放つ因習技の最奥。それが因習開放。これは通常の因習とは比べ物にならない程の力を生みます。先程のアレですね」
脳裏にいまだに鮮明に刻まれた彼女の大立ち回りを俺は思い返す。
「夜桜……だったか」
「はい。といっても通り名の様なものです。アレはあらゆる桜に関する因習が込められた一振りと思っていただければ」
「そうか……そういえばあの男たちも因習開放とやらをしていたが、大体は出来るものなのか? ……というかこの村の人間はどれぐらいの人間が因習を知っているんだ?」
「因習開放自体は訓練すれば。そして、知っているものは基本的には十五を越えた村の子供に存在を明かしそこから鍛えるしきたりなので……それ以外は全員知っているかと」
「ぜ、全員……ああいう技もか」
「はい、先程言った通り大抵の人は微弱な力を持って生まれますが、この村では全員が高い因習力を宿し生まれます。そういう霊地……いえ因習地でしょうか、となる様に、お婆様が造られた因習に満ちる村、云わば因習村なのですから。」
因習村……。
「まぁ、それは恐ろしいか……待ってくれ。……お婆様によって因習村になったのか? お婆様がそうするまでは普通の村だったのか?」
「そうだったのかもしれませんが、もう、それを知る者は誰も居ません」
「? 長生きだからって訳じゃなさそうだが……」
「お婆様はそう呼んでいるというだけで私の祖母ではありません」
「な」
「先々代は私が生まれる前に亡くなりました。……母曰く先々代の頃から彼女は姿は変わらず居たと聞いていたようです。誰も本当の年齢は知りません。いつ生まれたのかも。ただ、分かっているのはこの村を作った当事者であり遠い昔から生き続けている化生の者です。彼女は因習力をこの地に宿し、因習を集め続けることで、村を存続させ、長い時を生き続けています。対抗する者を殺し、奪い取り治めた蔵の因習宿る宝も、地に宿し、縛りつけている因習もそれの為」
「あぁ、あのやたらと多いしきたり……アレもか」
「はい、それの一環です。……母だけは彼女を知り、寄り添おうとしていましたが……もう、終わったことです。母は最期に言いました。彼女を終わらせてあげてほしい、村を自由にしてほしい、闘うことをあなたに強制させるのは不本意だけれど、後は貴方に全てを託した、と。……ふんぎりがつかなかった。けど、もう、迷いはありません。」
「……そうか」
満月が雲一つない空に輝いている、おかげで今宵はこんな夜の竹林の中でも転ばず歩ける。
「この儀式の目的は余所者の魂を使い、因習の紐づく地にし続ける事。一度儀式を途切れさせれれば、因習の地としては機能を失い、普通の村に戻ります」
「つまり、逃げるために儀式を壊すことが村を終わらせることになるわけか……」
「はい、それでも、私はそれでよいと思っています。こんな儀式、続く方が間違いですから。……村民は躍起になって私たちに立ちはだかるでしょう。それでも、共に歩んでくださいますか、東堂様?」
「もちろん!」
盈へグーとポーズを作ってみせる。それを見て盈はフフッと年頃の少女らしい笑みを浮かべる。
「……まったく、噂を聞いてきてみれば、とんでもないことになってしまった」
「東堂様は噂、とやらをお聞きになってここにいらしたのですか?」
「あぁ、そうだよ」
「ちなみにどのような噂だったのですか?」
「ネットを漁っていると見つけたんだ、人が行ったっきり帰ってこない村があるってね。調べると十数年ぐらい前からネットで話題が出始めていたようでな。まぁ、都市伝説みたいなものだよ。」
「……昔からそういった話でこの村の暗い話題は密かに出ていたようですが、ねっとですか」
「うん、この村から抜け出した人が漏らしたのかもな。まぁそれだけじゃなくて大体の話には共通点があってな、何故か周りからいろんな宝や曰く付きの物を集める村がどこかにあるらしいとか。君のことを知って改めてピンときたよ、やはりこの村のことだったってね」
「?」
「この話の一番広まった理由で、この都市伝説の通り名にもなってることだからな」
「通り名、ですか」
「まぁタイトルって言えばいいんだろうか、名前は────」
他愛もない話の中、風が吹いた。こんな話をしながらこんな場所を歩いているだなんて妙な気分だ。ふと、前の盈を見入ると少し考え込んだ顔をしていた。
「───そうですか……それは初耳ですね」
「そうなのか、てっきり知っているものかと思ったよ」
「初めて聞きました……もしかして……」
竹藪を歩ていると俺たちは少し空いたところに出る。そこには小さい小屋があるくらいだった。
「あぁ、そうでした」
盈が何かを思い出したように立ち止まる。それに合わせて俺も止まると彼女が振り向き、地面に手を翳す。
「これを。自衛も必要です。私だけでは守り切れないかもしれないので」
すると、地面から赤黒い渦が吹き出し、彼女はそこからバールの様なものを出すと、手に取り俺に渡してくる。
「これは?」
「バールの様なものです」
「まんまだ……」
「はい、ですがただの武器ではありません。これもまた因習が込められた一品です。シンプルな因習でそれの特筆すべき特性は不壊です。東堂様とも見たところ因習の色も相性がよく、ある程度取りまわしが効く因習かと」
「だが、因習力?ってのは俺にはまだ……」
「感じるんです。因習力を。この世界に存在する全てから存在しない全てを感じるように。大丈夫です。見たところ東堂様には才があります。目をおつぶり下さい」
「えぇ……あぁ……」
俺は目をつぶる。
「目で見るのではなく、心で。世界を、そこに立つ己を織りなす全ての動きを。私たちは全てを持って全てを動かして……全てを感じるのです。どうでしょう。身体の奥に巡るものを感じませんか」
「それは……」
そんな、あっさりと……世界から自分に向けて……自分のうちに沸き起こり巡る赤と黒の命の奔流……バールから伝わる決して折れることは無い、夜の様に深く冷たくも寄り添うような鋼の想いなぞ……
「あぁ、伝わる……普通にゴリゴリ……」
「はい、それが第一歩です。因習ももう扱えているようですね、素晴らしいです、東堂様、やはり才がおありの様で」
にこやかに笑う彼女に俺は戸惑いながら
「……うん、ありがとう」
と返す。……俺もどうやらとっくにあちら側に立っていたらしい。
「後は内から巡る様に因習力を回すのが基本です。身体も強化できます」
「あぁ、うん意識するよ……」
軽く身体に意識を向けると確かに血の様に巡るエネルギーの感覚。もしかして、妙にさっきから調子がいいのは因習に目覚めたからだったのか……。そう、考えていると。
「ヒャアア!!!」
「!」
どこからともなく叫ぶ男の声、横からの強い圧を感じ、竹林の山側の方を見るとかまいたちの様な風の一撃が俺に向かって飛んできていた。
「危ない……ハァ!」
そこに、割り込む盈。いつの間にか持っていた例の抜身の刀を風に向かって振るう。すると、吹き荒れるような力の嵐……いわゆる因習力という奴なんだろう、に阻まれその攻撃は霧散する。
そして、
「イヤハァァァ!」
叫び声と同じ圧の感覚……これがまさか殺気とかいう奴か。を感じ見上げるとこちらに向かって鎌を振り下ろす、男の影。
「! 東堂様」
「大丈夫だ!」
身体に満ちる力、そこから湧き出る、防げるという直感。身体のエネルギーをバールから伝わってくるエネルギーごと回し、身体に層を作るようなイメージを持ち、力を出力。振り下ろされた男の鎌を受け止める。
鈍い金属のぶつかり合う感触、そこから火花が飛び散る。
「どりゃあ!」
攻撃をいなし、地面の方へ叩き込む感じで引っ張る。それに対し、男はひらりと体重を移動させ、新体操の様な華麗な後ろバク転で俺たちの進行方向へ降り立つ。
「……やるじゃねぇか、奇襲を防いでみせるとは」
「……それなら、叫ばない方が良かったんじゃないのか……」
そして、その横に降り立つ、先程の風の一撃を放ったと思しきもう一つの鎌を持った男。
盈は俺の横に立ち、その男たちを警戒しながら刀を構えた。
「富田兄弟……!」
俺たちの前に立ちはだかる男たち。揃いの皮ジャンに引き裂かれたTシャツ、ジーンズに棘の付いた肩パッド、逆立った髪に黒と白のメイク、パンクロックを思わせる揃いの恰好……。
「「そうさ、俺たちは富田兄弟」……お縄を頂戴させてもらうぜぇ?」
……。
「まさか、あなたたちが……」
盈は冷や汗をたらしている。
「……ここはダウンタウンじゃないよな」
「ヒーヒッヒッ、相変わらず面白いこと言うじゃねぇか、兄ちゃん」
「あぁ、ほんと初日の宴会の席から見てたがホント変わった兄ちゃんだ。俺たちゃぁダウンタウンだろうがどこだってこの格好さぁ」
「……まったく、余計な世辞だな」
……初日? いたのか宴会。見逃してたのか、この格好のを、俺は、嘘ぉ。
「お気を付けを東堂様。彼らは実力もさることながら残虐な戦い方で有名な者たちです」
「あ、あぁ……」
「それにしてもそっちの兄ちゃん、話じゃただの一般人だって話だったが。こりゃあ一体どういうことだァ?」
「高校時代は
さぁな、俺が知りたいぐらいだ…」
軽口を返しながら俺はバールを握り締める。
「ま、どっちにしろ……」「まぁ待て、ここは慎重にいこう、弟よ」
男の動きをもう片方の男が腕で制止する。そして、男は懐から片眼鏡を取り出す。「慎重だなぁ兄者は」
男は片眼鏡を着けると眼鏡の縁をなぞり出す。そして、ニヤリと薄笑いを浮かべながら解説を始める。
「コイツは相手の因習力が分かる片眼鏡だ、お前の因習力もこれで丸わかりって訳よ。まぁ目覚めたトーシロじゃあ一万も……」
どういう仕組みかピロピロとなっている片眼鏡。
「どうした兄者」
「いや、なんだコイツ一万……三万っまだ上がる……コイツの因習力が計り切れねぇ……まさか」
男が何か驚愕していると片眼鏡がいきなり爆発し壊れる。
「グアアアァァ!!」
「え、何」
「爆発……おいおい故障かよ、兄者。しょうがねぇ兄者の片眼鏡は旧式だからな。俺が計ってやるよ……おいおい、嘘だろ。十万……さらにドンドン……。チッ俺のも壊れてんのか?」
取り出した片眼鏡をしまう、どうやら弟の方。
「まぁいい、なんかの間違いだ。どうせ、俺らには適わねぇ」
そういうと男は鎌を抱える。「ギャーッ、片眼鏡のレンズが刺さって目がー!」という兄のほうを気にも留めず舌なめずりをする。
「兄者の因習はかまいたち! 攻撃的な戦闘で相手をめった裂きにするスタイル! そしてオイラはくねくね! 開放した姿は誰にも見ることは出来ねぇ!見たら最後発狂しちまうからなぁ! そんな強力な因習を持つ俺たちにアンタらが対抗できるのかねぇ!?」
「説明してくれるのは助かるが、……因習なのかアレって」
俺はバールを構えながら盈に問う。
「はい、因習です!」
「そうか、分かった……!」
俺は向き直る。
「さぁ、行くぜ! おら、兄者も構えんだよ!」
「ぐっ、お、おう……」
ふらふらと立ち上がり鎌を構える兄の方。弟の方は鎌を翳し、叫ぶ。
「因習、開放!」
「ッ東堂様、目を」
「あぁ」
俺は盈に言われ、とっさに目をつぶる。強い圧と共に底冷えするような神経を逆なでするような薄ら寒い力を俺は肌で感じ、呟く。
「これが……」
「そう、くねくね。アンタらは俺らを見ることすら適わねぇアンタらは俺らになすすべもなく蹂躙されるのさ……兄者! ほら、俺の前に立って、開放すんだよ!」
「ま、待て目が……」
兄弟の会話の中、俺は横にいる……盈の方角から強い因習力を感じる。
「ならば……」
「! 巫女様が何しようと見も出来なきゃあ……」
「見なければよいだけです! 因習、開放! 東堂様、ここはお任せください!」
「わ、分かったが、大丈夫か!?」
そうして、溢れ出す、先程よりも確かに目を閉じていても感じる洗練された華やかささえも感じる溢れる因習力の奔流。
「ちぃ! 出来るもんならやってみろってんだ!」
「因習開放……クソォ!」
向こうの二人から膨れ上がる因習力、兄弟は盈に向かって攻撃を叩きこもうとするが、
「夜桜、一閃!」
世界を切り裂くような一撃が向かってくる一切を切り裂き、両断する。そんな光景が目を瞑っていても確かに感じ取れた。
「もう、目を開けても大丈夫ですよ、東堂様」
「あ、あぁ」
目を開けるとそこには真っ二つに折れた鎌二つと男たちが白目を向けて倒れていた。奥で盈は刀を鞘に入れていた。
俺は彼女に駆け寄る。
「や、やったのか……凄いな、どうやって」
「ふふ、見なければ良いのです。因習力を頼りに向かってくる敵に攻撃を正確に打ち込む」
「まぁ……そりゃあそうか。だが、言うのは簡単だが、中々難しいんじゃないか?」
「いえ、巫女たるもの、これぐらいできて当然です」
えっへんと言わんばかりに自慢げに語る盈。俺はそんな姿に思わず、笑う。
「ふはっ。あぁそうだな、流石だよ盈さん」
「ど、どうして笑ったのですか」
抗議の目で俺を見る彼女。
「いや、なんでもないよ……先を急ごうか」
そう俺が提案すると、同時に。
「そうはいかん」
とまた、俺たちの進路方向から声がした。
すると、林の先、広くなった道から十数人の村人がぞろぞろとこちらに向かって歩いてくるのが見える。
「もう、ここまで……」
言いながら、盈は再び刀を構える。
「諦めなさい、ここまででだ」
そう言う村人の男を先頭に村人は様々な武器を持ち、こちらに向かって鋭い目を向けていた。
俺はとっさに彼女に聞く。
「どうする、二手に分かれるか?」
「いえ、こうなれば一か八か私が道を……」
鬼気迫るその時に声が響いた。
「ハアアアァッ!」
螺旋の様な渦の一撃が林の上から村人たちの集団を襲う。
不意の攻撃に吹き飛ばされる村人たち、俺たちの前にスタッと一つの影が降りてくる。
「貴方は……」
それは大きな槍を携えた、初日の宴会の隣にいた赤ら顔の酒飲みの男だった。確か二回目に会った時に盈が言っていた名前は……。
「確か、村田さん……」
「応よ! ピンチみてぇだな。学者先生!」
槍を担ぎながら赤さのない顔で口の端を上げる村田。
「ですが、何故……」
「んー? 理由かい? そうさな、いい加減肩ひじ張るのも飽きちまってなァ。それに俺ァお喋りだからな。このままじゃ命がいくらあっても足らねぇ」
盈はその言葉に眉を落とす。
「ですが村田さん、こんな無謀な真似をしてしまっては……私たちと一人では」
「アハハハ、巫女様、アンタにゃ無謀だなんて言われたくねェなァ。勿論先生もサ。それに、俺一人って訳でもないんだぜ」
「え?」
ポカン、とする盈。
「クソ、三郎の奴……えぇい! この程度で、立て! 儀式を遂行するの……」
先に立ちあがり先導する男にどこからともなく火炎が襲い掛かる。
赤く男を飲み込まんとする炎。
「ぬぅん!」
すんでのところで男はどこからか取り出したメリケンサックを炎に打ち込み、風圧で霧散させる。
「誰だ!」
「ホホホ……」
後ろからの声。振り向くとそこには子供たちと遊んだ神社へ来る前に出会った老婆が長い鞭の様な剣……確か蛇腹剣か、を手に持ちながらこちらへ歩いてきていた。
「山本さん……」
盈は驚きに満ちた表情で彼女を見つめている。
「また会いましたね、学者さん」
「あ、えぇ、もしかして貴方も……」
「えェ……巫女様の手伝いをば、と思いましてね。勿論他にも居りますよ」
周囲を見渡すと、山側の崖の上や、林の奥、はたまた空に浮いている村民たちがあちこちにいる。横にいた髪の薄い男性や宴会で見た顔もちらほらいる。
「皆、変わるときだと思ってんのさ。もう、婆さんにデカイ顔されるのもコリゴリだってな」
村田は槍を腰を落とし構える。
「皆が足止めしている内にね、気張りなさいよォ」
山本が剣をしならせ、炎を灯しながら、促す。そして、
「えぇ、その通りです、敵は待ってはくれませんよ?」
その声と同時に落雷が村民たちに向かって降り注ぐ。
「「ぐぁぁぁ!!」」
ザッと俺の横から現れる人影、出てきたのはあの日の神社の神主だった。
「か、加勢してくれるんですか」
「貴方は……外様の立場のはず」
驚いた表情で見つめる盈。
「ですが、まぁ、頃合いかと思い。荒事はそこまで得意ではありませんが」
そういうと、神主の周り白い紙に呪文の様なものが書かれた、つまりは符が何枚も出現し神主の周りを漂い始める。
「ここは私たちが請け負います」
「貴様らぁ……! もういい、ここにいるお前たちごと今宵の贄としてくれる!」
立ち上がり、にらみを利かせ、出方を伺っている行く手を阻む村民たち。先にメリケンサックの男が先陣を切り、こちらに向かってくる。振り抜く拳、それを村田が槍で受け止める。
「今のうちだァ! ここは俺たちに任せて先に行け!」
それを皮切りに、村民同士での戦いが始まる。林の中での乱戦。あちこちで粉塵が湧き、竹が倒れていく。
俺は、盈に呼びかける。
「盈さん! 行こう!」
「ですが……」
何かを言いかけ盈は目の前の村民の戦いを見て、頷く。
「……はい、そうですね。急ぎましょう!」
俺たちは走り出す。その先に飛び込んできた敵側の村民が小刀で襲い掛かろうとするも、俺たちの後ろから燃える蛇腹剣が這うように村民へ近づき空いた腹部へ刺突をかます。
「さ、急ぎなされ。私らは元々、先代派。盈様に従うのが責務」
後ろからの山本の声に押され、剣に転がされる村民を尻目に林を掛ける。
盈は駆けながら言葉を零す。
「皆さんっ……ありがとう……! 東堂様! このまま林を一直線に駆け抜けます、その後は神社が見えてくるのでそのまま突っ切りましょう!」
「オーケー!」
飛んでくる攻撃を躱しつつ、俺たちは神社に向かって一目散に走る。正直、事態はあまり飲み込めていないが、どうやら、村人たちの一部にも思うところはあったらしい。
「まさか、村の人たちが加勢してくれるとは……願ってもないことだな」
「はい」
「神主の方もまさか因習が使える側とは……」
「いえ、アレは陰陽道で、因習とはまた違ったものなんです」
いや、そういうのも普通に存在するのかこの世界。
「……かならず儀式を壊します。皆さんの想い、無駄にしません!」
「……あぁ、そうだな!」
思考を切り替え、俺は走る。
◇◇◇
林を抜けると、遠くに一段と灯りの点いた場所が一面の田んぼ畑を挟んで見えた。
「あれが神社です!」
盈が指し示す灯りの場所を凝らして見ると、神社の様な外観が見える。
俺は速度を上げる。盈よりも前を行き、森を横目にあぜ道を駆け抜けていると、
「あ、お、おまぇ。だぁれ?」
おぞましいという表現が似合うそんな声。森を見ると、目が在った。よくある目の大きさではない、成人男性程の大きさはあろうかという目が。ぱちくりと目と鼻の先の至近距離で見ていた。
「えへぇ、あぁそぉぼぉ」
まるでおもちゃを見つけたと言わんばかりに歪む目、何故か、息が出来なくなる。遅れてくる、身の毛もよだつ寒気。暗い闇から何かが伸ばされるのが分かる。
分かるのに、動けず、手だろうか、あぁ、嫌だ、嫌。鳥肌とじっとりとした汗の感覚しか分からずに、俺はそのまま、あ。
「破ァァァァァァァ!!!!!!!!!」
「いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
その目に叩き込まれた光の攻撃、後ろを見ると、刀ではなく両手から何かビーム状の攻撃を出し盈が攻撃をしている。
「……」
「だりゃぁああぁぁぁ!!!」
「ぎゃああ……ああァァァ……ァァ……ッ!!!」
盈は一層ビームを強めると、目は太刀打ちできずに大きなその目ごと貫かれる。夜空まで放射状に延びた一撃、目は散り散りになって消えていく。
「危ないところでしたね! 東堂様」
「あ、あぁ……助かったよありがとう」
盈は地面から刀を目の前に呼び出し握る。
「いえ……咄嗟の所で間に合いました。あれは他の因習が通じにくいので。咄嗟の因習破でしたが、倒せて良かったです」
ふぅと胸をなでおろす彼女。
「因習破」
「因習力を手に込めて放つ技です」
「そうか、ちなみに、今の化け物は……」
「いかけですね。山本さんが言っていた因習です。本来は眠っているはずですが……婆様が起こしたのでしょう」
「あぁ、言っていたアレか……それにしても一切動けなかった」
やはり、そういう未知の生……。
「えぇ、いかけは見た者に恐怖を植え付ける特性があり、溢れ出す冷たい因習力による妖気の圧で相手の因習さえも阻害します。無理もありません」
あぁ、普通に今までと同じ理屈の類か……まぁそうなるかこの世界だと。
「うん、切り替えよう。他にああいう奴は居ると思うか?」
「いえ、あれほどの強力なのはこの村だとアレだけです。アレは因習妖獣の中でも最上のト級の妖獣なので」
「……そうか」
また知らない……。いや、ここらへんはもう考えるのはいい、疲れるだけだし。
「ヨシ、なら気にするのは人だけということだな」
「はい、行きましょう」
盈と共に俺たちはいよいよ神社の膝元へ乗り込む。
◇◇◇
神社までもう少しというところでドカンと大きな爆発が神社付近で起きているのが見えた。
「盈さん、あれって」
よく見ると、粉塵が所々で起きており、周りの平屋も壁が崩れていたり潰れたりしているのが分かる。神社の周囲に飛び交う閃光、爆発。空ではまるで鳥が戦っているかのようにいくつもの人影が飛び交っていた。
「恐らくはもう戦闘が起きているのだと……!」
「意外と村の体裁に納得が言ってない奴らが多かったんだな……」
「不必要と思い言っていませんでしたが、勿論村の方針も元々一枚岩という訳ではなく……母が死んでから、婆様の主導で反乱分子は処罰され、過激な保守派である婆様の権力が強まってしまい……!」
「成程……まぁ、何にしろ俺や盈さんにとっては都合がいい機会だ。利用させてもらおう」
神社周りの平屋まで近づくとそこはもう戦場だった。あちらこちらで戦いが起きている。
その内の一人がこちらを見て呼びかける。
「巫女様! 御無事で! ……このまま真っ直ぐでさァ!」
「はい、ありがとうございます!」
それを聞いた近くの敵らしき村人が
「行かせてなるものか!」
と刀を振り上げるが、
「させるか!」
とまた別の村人が防ぐ。しかし、進行方向の地面から穴を掘り別の村人が出現し、
「お命覚悟ォ!」
と剣で襲い掛かるが盈はそれを避け、
「ハァ!」
刀での一閃で屠る。その刹那、俺は先の物陰にいる鎖鎌を持った村人に気づく。
強く踏み込み、刀を振るった盈に近づき、一撃を浴びせようとする。
「させるかぁ!」
そこに俺は割って入り、バールで鎖鎌を受け止める。
「なぁにぃ!?」
「盈さん!」
「はい! 桜舞!」
盈は因習力を纏った刀を舞うように滑らかに切り結び、俺には一切攻撃を当てることなく、鎖鎌の村人へ攻撃を叩き込む。倒れた村人、俺は跳躍し飛び越えながら走る。
「この先だよ!」
戦っている村人の女性が道を促す。
「くっ、まさに乱戦だな!」
何とか、戦場と化した場を俺たちは瓦礫を越え進む。真っ直ぐ、進んだ先に神社へ上る階段が見えた。
「えぇ……ですが、何故婆様の姿がどこにも……」
「あの老婆のことか……そういえば初日からずっと見ていなかったな……」
「村の運営に加え、今回の儀式は大規模なもので特に術式は調整が難しくあまり表舞台に最近は顔を出してはいませんでしたから……とはいえ、いかけを起こしてましたし気づいているはずですが、何か罠を……? 東堂様、矢です!」
右斜め上から襲ってくる矢の雨、それを俺たちは走りながら刀やバールで迎撃しつつ防ぐ。
「まさか……この矢、お婆様直属の隠秋四天王……!?」
「また次から次へと……」
そして矢の射手と思しき男が遠く数十メートル先の家の瓦屋根に降り立つ。
「フン、やるな。この朧様の直属の四天王の一人である『驟雨のショウ』の不意打ちを止めるとは」
スーツ姿で眼鏡を治しながらこちらを見下ろしていた。
「……」
また何かキャラが……。
「ウオオオオオ!」
そこに大声と共に近くの家の壁が内側から吹き飛びそこから二メートルはある大柄の鎖が身体に巻き着いた男が出てくる。
「マテ! ソイツラ! オレ、『剛腕のガイ』ノ得物!」
「ちょおっとバカ言わないでよ」
そして大男に続いて、壊れた家から着物を着崩した女性が舞い上がった埃を手で払いながら気怠そうに現れる。
「あの男と巫女様はこの私、『仇花のレイカ』が目付けてるのぉ! フフ、二人共美味しく頂けそう。どんな声で鳴いてくれるのか楽しみ……」
そして、もう一人、いつの間にか三人の近くに立っていた刀を携えた同じく着物姿の老人が呟く。
「ホッホッホッ……何にせよ元気そうで何よりじゃこれなら『枯柳のヨウ』の出番は……」
「桜花繚乱、万紅葬砲!!!」
「「「グアアアアアァッーーーーーーーーーーッ!!!!!」」」
それはまるで巨大なビーム砲。先程の因習破とは段違いの嵐が渦巻くかのような直線状の一撃が目の前にいた四天王に叩き込まれる。
四天王は防御をする暇もなく飲み込まれる。そして、砲撃が終わったその跡地には捲れた地面と倒れた四天王が転がっていた。
「まさか、あのタイミングで撃つとは……」
「その、隙だらけだったのでつい……」
「いや全然いいと」
そう言いかけて倒れている四天王を見る。倒れているのは男二人と女一人のあの三人だけ……? あの爺さんは、そう思い盈に伝えようと振りむくと、彼女の真上から刀を振るおうとする老爺の姿。
「! させるか!」
「!」
思わず、飛び上がり俺は全力をバールに込めて爺さんに撃ち抜く。
しかし、バールは老爺の刀に止められる。
「ほう、気配を消しておったのにやりおる。じゃがお主らそれぞれの強さはもう……」
けれど、関係ない。今の俺はどうも身体に力が入っている。
「えぇい! もういい! 謎にキャラをどいつもこいつも!」
空中の鍔迫り合い。俺は老爺を上に弾く。
先に地面に降り老爺の着地に合わせ追撃を試みる。繰り出すバール、しかし、老爺は曲芸じみた動きで身体を捻り、地面に這うように着地する。そこを俺は理性を振り切り、バールで仕留めようとするが刀で受け止められる。そこに老爺の後ろに回り込み、現れる盈。いや、アレは……。現れた彼女は刀を振ろうとするが、
「夜桜───」
「甘い───」
老爺は袖から隠していた小刀を鞘から瞬時に抜き、後ろ手で盈を切り裂いた───
「なぬ!?」
しかし、切り裂かれた盈はまるで霞の様にぼやけ、霧散する。
「───夢影」
俺はバールでの鍔迫り合いを止め瞬時に右へ踏み出す。そうして俺の居た場所に入れ替わるように後ろから老爺の前に盈が踊り出る。
「桜舞!」
「ぐぉっ!」
斬撃の乱舞、老爺はダメージを追いながらも、
「ぐっ、なんの!」
盈の刀を上空に弾き飛ばす。そこを老爺はすかさず彼女を刀で斬ろうとするが。
「!」
彼女に手に握られたバールの様なモノに目を見開く。刀を打ち上げられた瞬間、俺が彼女へ投げる形で渡したバール、ノールックで受け取ったそのバールの一撃。咄嗟に老爺は刀で防ぐが、瞬時に上を見上げ目を見開く。
その目に映るのはバールを渡した後、跳躍し打ち上げられた刀を握った俺。
「いい加減───」
「!」
「キャラがくどい!!」
振り下ろされた一刀。身体に叩き込まれた一撃、老爺は膝をつく。
「成程……ワシが見誤っていたのはお主ら二人の力じゃったという訳か……」
言い終えると老爺は地面に倒れた。
「強敵でしたね。とっさの判断、助かりました」
盈からバールを受け取り、俺は刀を返す。
「いや、キミの方こそ助かったよ。はぁ……身体よりも精神が何か先に疲れてくるな」
「無理もありません。先程事情を知ったばかりで戦いの連続ですから」
「いやまぁ、それもあるんだけれど……」
言うまいか迷って後方から響く戦闘音とその余波に俺は意識を奪われる。
「……行きましょう! 神社は目と鼻の先です!」
「そうだな!」
◇◇◇
階段を上り、隠秋神社へ着いた俺たち。
「本殿を壊せば儀式は崩壊し結界も解かれるはずです」
そういう盈と共に大きな敷地を進み、ついに本殿前に辿り着く。
先程とは打って変わって資格もおらず不気味なほど静寂に包まれた神社内、その最奥、本殿前にはただ静かに一人の老婆が杖をつき佇んでいた。間違いない、初日の宴会で顔を合わせ一瞬で場を掌握してみせたこの村の実質の支配者。名前は確か。
「朧お婆様」
盈の言葉に目を閉じていた老婆、朧が目を開く。
「来たか」
もたげた顔、あの時の様な愛想さえも無く、蛇に睨まれたか如く得体の知れない剣呑な雰囲気を朧は醸し出している。
「お婆様、儀式をお止めになってはくれませんか」
「言うに事欠いてそれか……くだらぬ」
朧は杖で地面を突く。衝撃音が不気味なほど辺りに反響する。
「盈、お前ならばこの村を治めるに足る存在になると思うていた、一つを除いてな。何か分かるか? 甘さじゃ。東堂、お主は都合がいいと思うた。これでお主を盈が自らの手で贄として屠れば、その甘さも捨て、村の長たる器になれると。その結果がこれじゃ」
朧は杖を放り投げる。
「挙句、儀式を止めろと? どの立場で物を申しておる」
盈は強い眼差しを朧に向ける。
「この儀式に何かを犠牲にしなければいけない程の価値があるとは私には思えません」
「村を捨てるというのか? 薄情者めが」
「いいえ、正しくしたいのです。少なくとも村の皆さんにもそう思ってくれている人がいました。だから、私は今、ここにいれるのです」
「幾年月を重ねて様々な脅威に晒されて尚、誰のおかげで未だこの村が存在できていると思うておる! それを今更、そのようなふざけた理由で! たかが余所者の命の一つや二つ、些事に過ぎぬ!」
「人の命を何だと……! ……お婆様がこの儀式をそれでも続けるといううならお婆様を倒し、無理やりにでも儀式は破壊させてもらいます!」
盈は刀に因習力を迸らせる。そこへ、物陰からタキシードに身を包んだ髭を整え、シルクハットを被る中年の男性が飛び出して来る
「フッ、お婆様、ここは私目にお任せを! 華麗なる我が───」
「だからキャラがくどい!」
が、俺はバールを叩きつけ、夜空に打ち上げる。
「ぶふぉ!」
一撃を受け、男は空の向こうに消えていく。俺は気を取り直し、朧の方へ向き直る。
「そういうことで少し早いですが村を発ちます。お世話になりました、朧村長代理。今回の件は報告しないでおきますよ」
「ハッ」
朧は戯言とばかりに一笑に付す。
「……もうよい! 四天王も誰も彼も役には立たぬ! ワシ一人で全てを終わらせようぞ! ハァ!」
朧が手を空へと伸ばす。すると、空に魔方陣の様な物が展開される。
「! 東堂様、私の傍へ。結界を!」
盈が俺ごと周りに結界を張る。朧から発せられるおどろおどろしい邪気、そして、彼女の因習力が膨れ上がっていくのを感じる。
これは一体……遠くから鳴っていた戦いの音も止んでいる。
「これはまさか……眼を飛ばして、村全体を観察します」
「そんなことも出来るんだな、盈さん……」
「これは、みんな倒れて……因習力が無くなっている……まさか、村民たちの因習力を、吸収しているのですか!」
「ハハハ! 然り! ワシの力をもってすればこの程度造作でもないわ! キエェェ!」
衝撃波が辺りを襲う。そして、舞った砂埃が飛んでいくとそこには禍々しいとてつもない量の因習力に包まれた朧がそこに居た。
朧はニィと口端を吊り上げると、空中に刀を出現させそれを掴む。
「さぁ、征くぞ! 盈ィ!」
「離れてください! 東堂様!」
盈は結界を解除する。朧はこちらに向かって跳躍し距離を詰めてくる。それに合わせ、盈も踏み出す。
両者とも刀を因習力で纏い一撃を乗せ、衝突する。ぶつかり合った刀、火花が散り、身体が吹き飛ばされそうなほどの因習力の余波が吹き荒れる。
「くっ……余波でこんなにも……」
やがて、朧の力に押され、盈が後方に吹き飛ばされる。
「くっ……!」
地面に倒されながらも、立ち上がろうとする彼女。
「盈さん!」
「ハハハッ! 村全ての因習を取り込んだワシと張り合おうなんぞ、片腹痛いわぁ!」
朧は攻撃の手を緩めず、更にこちらに接近する。
「させるかぁ!」
朧の前へ俺は踊り出る。
「木っ端が、邪魔をするなぁ!」
因習力を纏わせ横凪に振るわれる刀、俺はバールでその攻撃を受け止める。
「ぐっ!」
大型トラックがぶつかって来たのかと錯覚しそうになる程の重く強烈な一撃が俺を襲う。一瞬、意識が飛びそうになる。ただの一撃でこれか……!
それでも、ここは堪えるんだ。軋む身体、身体の全てを使って因習力で身体を覆いガードする。
「ガッ……ぐぅっ!」
「チィッ……! 抗うな羽虫風情がァ!」
更に高まる因習力、防御しきれずに横に俺は吹っ飛ばされる。スーパーボールの様に俺は地面と辺りの壁を跳ね、近くの建物へ叩きつけられる。
「ッ……!」
「東堂様ッ!」
「余所見をしている暇があるのかァ! 盈!」
反響する声。血でぼやけ、霞む視界。どうにか身体を起こし、彼女の方を見る。
盈は身体を起こし、朧の攻撃を紙一重で躱す。
くそっ……体のあちこちが悲鳴を上げてるのだと錯覚しそうな程、激痛が俺を襲い、意識が飛びそうになる。何とか助けに入りたいが……。動かすんだ体を。負傷した部位は因習力で無理やり補って動かせば……。頑張れ、俺、ここが、正念場だ!
吹き飛ぶ瓦礫の間を縫い、間一髪を躱し続け、盈は攻撃を朧に叩き込む。しかし、
「痒いわぁ!」
朧はものともせず、攻撃を跳ね返す。
「くっ!」
「分かるか、盈! すべて貴様のせいじゃ! これが終われば、東堂は贄として死に、裏切った村の者たちも裏切り者として処刑される! お主が下らぬ願いなど抱いたから、お主は全てを奪われ、ここで死に絶える! アヤツもお主に協力などせねば余計な痛い想いをせずに死ねたものを!」
「わた、しはっ……!」
攻撃を避け続けるも、やがて盈は朧の凶刃を避け切れず、地面へと叩きつけられる。
「ぐはっ!」
体は転がっていき、壁へぶつかると動きは止まる。
「あらゆる因習をワシの物とし、永劫を生きるのだ、そのためならワシ以外の者なぞ全て、ワシに利用されるちり芥に過ぎぬ!」
朧の周りに因習力が集まっていく。
「万が一などないよう、最後は一息にその身体ごと消し飛ばしてくれる! さぁ! あの世で母へ言う台詞でも考えておけ!」
「ぐっ……」
「さらばじゃ! 盈!」
更に高まる朧の力、極限まで圧縮されたソレは巨大なビーム砲の如く打ち出される。
何もかもを終わらせるが如く、一切をかき消し、盈に向かってその一撃は進んでいく。やがて、その光は盈を包み込もうとして、
「……間違いだったのでしょうか、お母様」
「はあああぁぁぁ!!!」
その間に俺は軋む体を滑り込ませ、ビーム砲を受け止める。
「ぐぅっ!」
先程の一撃よりも更に強い一撃に押され、俺は身体の全力を使い、何とか押し留まる。
「東堂様!」
「生きておったか、しぶとい奴め!」
「悪いね! こう見えても意外とタフでね!」
何とか、不本意ではあるが因習力の核心というかコツは掴んできた、これなら、まだ、何とか。
「盈さん、立てるか!?」
「は、はい……けど……! 東堂様……そんなボロボロで、私は……私のしようとしたことは……正しかったの……?」
盈は膝を手で付き何とか起き上がろうとするも、すぐに崩れ落ちる。
「盈さん……くっ……何か策は!」
「策……策……は」
駄目か、精神にかなり来ている。しょうがないと言えばしょうがないが……現状、あの老婆に対抗する手段はまったく浮かばずにいる……この子が思い浮かばないならかなり打開の目は薄い……眼から光が消えようとしている彼女へ俺はどうにか言葉を並べようして……こうなれば!
「まったく、キミは自分勝手だ!」
「……?」
「ここを抜け出そうと提案してきたと思ったら、こんなところで勝手に諦めて! 責任というものを感じないのか、へっぽこめ!」
「へっぽこ!?」
「そもそもだ! キミは無駄に大人ぶろうとして空回りし過ぎだ! 村の人とも会話も上手くできないというのに、どうやって俺と会話をする気だったんだ!」
「なっ、い、今は関係ないと思うのですが!」
顔を上げ盈は反論を返す。
「言っておくけれど、キミはキミが思うより年相応の子だよ! 勝手なことばかりでさ」
「な、だって、そもそも、東堂、様が……村を……」
言い返そうとして盈は言葉に詰まる。
「あぁ、そうだよ! そもそも俺がここを抜け出そうといったんだ! 俺だって自分勝手さ! なんならこの村の人間もよっぽどだ!」
「……東堂様?」
盈は首を傾げる。
「俺は死にたくなかったからキミの提案を受けてここに来たんだ! 何も、キミが責任なんて感じる必要なんてない! 村の人たちだってこのままでは嫌だと思ったから行動したんだ! それをキミのせいだと思うなら傲慢甚だしい!」
「何を、ぺちゃくちゃと!」
更に攻撃の威力が上がる。だが、今は……!
「くっ……あの人たちだってそうだろうが、俺はこの選択を何も後悔しちゃいない! だから、勝手に後悔するな! 諦めるな!」
「……!」
「誰だってそうだ! 自分勝手に思って、言い合って、寄り添い合って! そうやって生きている!」
「生きて……」
盈はただ俺を見据えている。
「消し飛べ!」
朧からの攻撃も、そろそろ耐えるのは限界か……!
「ぐっ、ぬぉぉぉぉ!!!」
「また、私は……折れようとして……そうだ。こんなところで私は、まだ!」
少女の決意と奮起の声。
そして、その瞬間。
暖かくどこか優しい眩しい光が辺りを照らした。
「これ、は……」
俺が後ろを向くと、そこには胸の内に光を灯し輝いている盈が居た。
「ぬぐっ、なんだ、ソレは……その輝きは!」
まったくの予想外なのか動揺を隠せない朧。
盈は驚きながら己の胸の内に触れ、目を見開く。
「これは……。 ! あぁ、そう、そういうことだったのですね、母様……!」
胸の内の光を盈は片手で掴み、そのまま、こちらへ向かって手を伸ばす。
「東堂様、手を! そして、共に唱えて……!」
差し出された手、俺は無意識か瞬時に盈へ手を伸ばす。
「させるかァ!!!」
朧の凶撃、ソレが俺たちへ届くよりも先に俺たちは互いの手を取り。
彼女の望む言葉。脳内に浮かんだただ一つの言葉。意味も考えず、ただ彼女の輝きを秘めた強い瞳の視線を逸らさずに通じ合う様に共に叫んだ。
「「『 因 習 、 開 放 』!」」
叫んだ瞬間、辺り一帯を包み込むような眩しい光が照らす。
そして、輝きと共に因習力が吹き荒れるように光の中心から解き放たれ、朧の砲撃さえも弾かれる。
「ぐっ、何じゃ……この力はァ!」
光が収まり、砂塵が散っていく。
「……東堂様曰く、この村はある時からいんたーねっとでもまことしやかにささやかれる都市伝説となっていたらしく」
そして、その中で佇む一人の少女を俺は膝をつき、見上げる。
「ハァ……ここまで力を持ってかれるとは」
「ある山奥の変わった村、風習を宝を収集する奇妙な文化が残ると伝えられたその話の名前は」
「何を……」
「『因習村の巫女』……その村を支配する女性の称号なのだそうです。これが私の答えです、お婆様。貴方を打ち破れるただ一つの力」
砂塵の後には白と黒の相反した色を纏い、紅く黒く輝く一振りの刀を持った盈が居た。
「私自身が因習になる事です」
「何……じゃと」
先刻の盈とは比べ物にならない程の因習力と眩しい輝きを持った彼女。
「何を……くっ……」
同時に体を崩しそうになる朧、それを見て俺は大きな変化に気づく。
「因習力が減ってる……?」
「何、ワシの力が抜けて……いや、違う……吸収されたのか、盈に!」
盈は強く刀を握ると、俺に向かって笑う。
「信じてくださってありがとうございます、もう諦めません」
「……あぁ」
「何故……どうして……いや、そうか。都市伝説! ……『因習村の巫女』、因習によってこの村の大半の因習力の主導権が盈に……じゃが、誰がそのような下らぬ妄言をネットなぞに……まさか! アヤツか」
「えぇ、そうです。私の母、望から託された力です」
朧はわなわなと震えだし、奥歯をギリギリと言わせ声を震わせる。
「ノゾミィ……! ……じゃが、いつここにはネットは……いや、お産で人里に降りた時か! それほど前からこのことを……!?」
「母様がここまで読まれていたのか、定かではありません。ですが、これだけは確かです。ずっと考えていました、母は私に何を願っていたのか、今、ようやく分かったのです。母はこの呪われた運命から自由になって欲しかったのです。故にこの呪いの連鎖を打破する力を、何の関係もないただの遊びとして舞を私に教えたのです」
「じゃが……何故、今、ここで!」
「足りていなかったのは私の心です。けれど、今ここで得るに足りた」
「何を……」
「それは……」
そして、フッと、盈は俺に笑いかける……。
え、俺? 普通に無我夢中で手を伸ばしただけだから盈が説明をしてくれなきゃ、何か強くなったのだという事しか分かりえなかったが……ここで俺に。
盈の強くなった理由。……因習村の巫女、そういう事だったのか……直前、俺が必死に呼びかけたあの時が盈の力を呼び覚ます結果に。あの時の感情、そして俺が伝えたこと……。
「愛、か」
「えぇ、そうです、愛です」
「愛じゃとぉ……?」
あぁ、良かった、合ってた。
「誰もが、何かを勝手に願い、想い、生きていく。だから、時にはそれが呼び合い、共鳴し、それが力になる。そうして因み続く習わし。それを私は愛と呼びます」
「フフ……フハハハ、そうか愛か……」
打って変わり、哄笑を響かせる朧。しかし、地面が揺れるほどの震脚を叩きつけ、起き上がったかと思えば、憤怒に満ちた表情を浮かび上がらせる。
「下らぬ! 何を言うかと思えばそのような世迷事! たまたま時勢が重なり合い、望みの仕込みが作動したにすぎぬ!」
「そうかも、しれませんね。けれど、それが運命だったのです、ここで終わりです、朧」
盈は再び刀を構える。
「うぬぼれるなよ! ワシの術はまだ動いておる! そのような歴史の浅い因習ごときでワシの全ては奪えぬ! 力はまだワシの方が上じゃァ!」
「超えてみせます!」
また、再び、朧は憤怒の形相で刀を構え、距離を詰めてくる。盈もそれに応え踏み出す。
振るわれた二振りの一刀が二度目のぶつかり合いを生む。舞い散る火花。
「くっ」
「ぬぅっ」
先程とは違うのは盈は湧き出るような因習力を纏わせ、朧の攻撃を受け止め切れていること。拮抗した二人の力、やがて、盈が一歩前に踏み出し、朧を押し込める。
「はぁっ!」
「ちぃっ!」
一歩引く朧、それを逃さず盈は力を迸らせる。
「桜舞!」
踊るような四方八方から放たれる連撃、朧はそれに合わせ刀で受け流していく。
「舐めるなぁ!」
「!」
黒く淀んだ刀の斬撃が盈へ降りかかる、それを盈は身を捻って防ぐ。
「シャァ!」
そこを空かさず、追撃を入れようとするが、
「させないっていってるだろうが!」
俺が割って入り、刀を叩きつける。そして、俺はバールを横に振るが、朧はひらりと躱し、後方に降りる。
「チッ、貴様も動けるのか、そうか、貴様も盈の力か……」
「夜桜、一閃!」
煌めく一振りの一撃、朧は刀で受け止めるが
「ぐ、ぬぅぅ!」
防ぎきれず、一撃を喰らい吹き飛ぶ。
「桜花繚乱、万紅葬砲!!!」
追撃の手を緩めず、盈は砲撃を見舞う、朧は結界の様な膜に似た物を前面に展開し、砲撃から身を防ぐ。
「ちょこざいなぁぁぁぁ!」
朧は刀を地面に差す、すると、朧の影が広がり地面が黒く染まり、そこから黒い蛇の形状の影が俺たちに襲い掛かってくる。俺はバールで襲い掛かってくる蛇を薙ぎ払うが、次々と湧いてくる。
「お任せを! 桜舞!」
盈は地面に向かって連撃を放つ、すると、影は切り裂かれたようにとぎれとぎれに千切れ霧散していく。
「まだじゃ! まだ滅びぬ! 滅びるのは貴様じゃ盈!」
そして、朧は刀を構える。
「東堂様! 力を!」
盈から伸ばされた手、俺は確かに掴む。そして、どこか暖かい満ちみちる力が身体の底から湧く。
「共に!」
俺たちに向かって朧は再び巨大なビーム状の砲撃を撃ち抜く。
向かってくる砲撃、俺は彼女と向き合う。俺に絡められた指。そして、二人を駆け巡る、迸る因習力。
そうか、一人ではなくても二人なら。
「力を合わせるとするか!」
「えぇ、征きましょう!」
俺たちは屈み合わせに繋いだ手にあらゆる余力を籠め、ただ解き放つ!
「全ての因習に終止符を! 今、必殺の!」
そして……いや、これ必殺技を言う流れか、まずい、特に何も思い浮かばな……あ、いや、なんか頭に浮かんできた、これか、これなのか!
「「紡がれし誓いの拳(因習ラブラブ桜破拳)!!!」」
ルビを含め、共に言い放ったその言葉と共に同じく砲撃が放たれる。
ぶつかり合う砲撃、それは鮮烈に何もかもを飲み込むようなエネルギーのぶつかり合い。俺たちはそれでも、目を開き、全力を。
「「ハァァァァァ!!!」」
「ぐっ、ヌォォォォォ!」
二人の全力は朧の砲撃を押し返し、進んでいく。
「あり、えぬ! まさか、このワシが! 願いの半ばでッ」
「「ハアァァァァッッッ!!!!!」」
二人の放つ光を朧は返しきれずにその身体を呑まれていく。
「願イッ……ワ、シのっ……ガッ……ッ……!」
朧さえも突き破り、そして、その先の本殿さえも光は呑み込み進んでいく。
どこまでも進み、光が閉じたその跡には山さえも貫いた、大きな砲撃の跡が残っていた。
そして、その跡には一人の影があった。その姿は大半が灰と化し、塵となっていく朧の姿。
「グッ……アァ……そうか、願、れは……貴方と再び、合うのを待……な、んなこも忘……れ……」
俺たちには聞こえない程かすれた声。そして、朧の姿は完全に塵となり風に吹かれ消えていった。
「お休みください、朧婆様」
風の吹く先をただ盈はボロボロの姿でただ寂しそうに見送る。
そうして、俺たちは殺し合いの果てに打ち勝った。きっと、この出来事を罰する手段は現代の常識ではどこにも無い。俺たちはきっと、それでも進んでいく。
「あぁ、眠れ、朧。人では……もう無かったんだろうが、どうして、そんなに永遠をあの老婆は……」
「……」
「そう、だな。今となっちゃあ誰にも分からないって奴だろうな……ふぅ」
体の力が抜け、俺は腰からその場に倒れ込む。
「! 東堂様、お怪我は大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ、多分、キミの力と繋がったおかげだろう。怪我もある程度塞がってる、全快にはほど遠いが。にしたって歳に堪えるな、これは」
上を見ると、東の山の先から光が漏れ空が明るくなっていってるのが分った。
浮かんでいた山に隠れようとしている月は徐々に元の白さを取り戻していく。
「結界が……解除されました……これで東堂様も帰れます」
盈は月を見て微笑んだ。
「そうか、なら、さっさとずらかるとしようか……」
俺は再び重い腰を上げ立つ。
「ふぅ……よし、それじゃあ行くか! 盈さん!」
「わ、私もですか?」
盈は目を見開く。
「いや、元々そういう話だっただろう?」
俺は何を今更と首を傾げる。
「はい、ですが……お婆様も破り、村の者たちもすべてが敵ではないわけですし……責任が……」
「うーん……気にしなくていいと思うが、それにこの村の住人ならなんだかんだでうまくやれそうだし」
「学者先生の言う通りさァ! 巫女様!」
俺たちは声のした方へ振り向く。本殿跡とは真反対の方から歩いてくる影たち。
「み、皆さん!」
それは俺たちに味方してくれた村民たち、真っ二つに折れた槍を持った村田がそこから出てくる。
「婆さんを倒したみてぇだが、それでこの村の火は消えたわけじゃねぇ……婆さん派だった奴らがまだ巫女様たちを狙ってるかもしれねぇ」
「よくやったよ! ほんとお疲れ様!」
「今のうちに麓まで降りなさんな」
「これでちったぁ平和になるわな」
「因習力を身に着けた学者さんなら、きっとたやすいでしょうよ」
村の住民たちは口々に思いの丈を話し始める。
「ははっ……えぇ、そうですね、皆さんありがとうございます」
俺は笑いながら彼女の方を向く。
「らしいが、キミはどうする盈さん」
「わ、私は……」
「気にしなさんぁ!」「後は俺たちで何とかやるよ」「因習なんか忘れて幸せにおなり!」
口々にまた盈に向かって暖かい言葉を投げかける村民たち。
「皆さん……はい、分かりました」
盈は涙ぐみ、深々と頭を下げる。
「今までお世話になりました。私は東堂様と都会で生きます。皆さん、どうか、お元気で!」
頭を上げた盈は心配させまいと涙を堪えながら笑顔を作って見せる。
「盈様ァ……」「元気でね!」「達者で暮らせよォ!」
それを受け住民たちも涙をボロボロと零しながら言葉を返す。
「東堂様……麓の道までは私が案内します。その後は……」
盈は涙を拭きながら、日差しの差し込み始める中で、尋ねる。
「まぁ、俺がなんとかうまくやるさ、それでは、皆さん、ありがとうございました。彼女は俺が責任を持って面倒を見ます」
「そこは幸せにしますでしょ」「泣かしたらただじゃおかねえからな学者先生!」
「俺にはなんか当たりが強いな……」
俺の呟きにクスクスと笑った盈は太陽を前に俺へと手を伸ばす。
「それでは! 参りましょう! 東堂様!」
「あぁ! 盈さん!」
俺は盈の手を握り、共に駆けだす。神社の高台を跳躍し、山の先の青が見え始めた空へ向かって彼女と走る。「頑張れよー」「元気でねー」「都会に負けるなよー!」遠くから聞こえる、村人たちの声援の声。その瞬間だけを切り取れば、まるで上京する女の子を応援する地元のただの村人たちの様だと思った。
「まずは、街で何をすればよいのでしょう……」
少し緊張した声で走りながら悩む、盈。
「何だっていいさ、キミの好きなままだ」
「そうですね……それならまずは……ご飯でしょうか」
俺はその返答に笑いながら答える。
「フッハハッ、あぁ、そうだな、まずはご飯だ!」
「お、おかしなことを言ったでしょうか!?」
「いーや、何も! さぁ、まずは腹ごしらえだ、盈さん!」
「はい!」
森を駆け抜けながら、そうして、他愛のない話を俺たちはしばらく続けていた。
澄み渡る空はこれからの俺たちの途方もない可能性を表しているようだった。
◇◇◇
「行ったね」
「うん、行った」
朝焼けの下、森の中で去り行く二人を見つける二つの影。
樹木の枝に腰かけた黒い着物の少女と白い着物の少女。
「あの子もこれで浮かばれるね」
「うん、これで妄執の輪廻も終わり、私たちも行こうか」
「うん、神主の野郎も待ってるし」
「首突っ込んだ甲斐ありで何より」
風と共に影は消える。二人を見送り、誰にも知られず。




