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1魔貨の聖騎士 ― 価値ゼロCEOと悪魔の強制執行監査契約  作者: 暮夜すと
【シーズン2:オスカル最終承認編】Q1

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第92話:『静かなる崩壊 ー 01/25 11:00 執行開始』

第1部:静かなる崩壊サイレント・メルトダウン

 

 一月二十五日 十一時


 ド・ラ・ノワール事務所十二階、CEO執務室。

 巨大なホログラムモニターには、休場中のルテティア市場に代わり、二十四時間止まらない「魔導通貨アメリア・コイン」のリアルタイム・チャートが映し出されていた。

 グラフはもはや「上昇」ではなく、重力を無視して垂直に伸びる「光の壁」と化している。


 レオンは豪華な革椅子に深く沈み込み、軽く胃を押さえた。

 目の前のホログラムディスプレイには、弁護士チームへの下書きが点滅している。 


『下書き:件名:【至急・要助言】代表バイタルログ異常検知に伴う、明朝ルテティア市場への法務対策の件

 

 昨夜、私のバイタルログに異常値が記録されました。

 原因は私的な飲食行動による急性の体調不良であり、現在は回復傾向にあります。


 ただし、このログが外部に解釈された場合、明朝のルテティア市場に影響が出る可能性があります。

 法務的な対応方針について助言を求めます。』


 カーソルが「送信」の上で激しく震える。

 報告すれば、法的には守られる。だが、レオンとしての誇りは、永久にデフォルト(不渡り)となる。


 淡い青い光を放つA.I.D.A.端末が、レオンの肩に寄り添う。


『……マスター・レオン。

 ……胃粘膜の……崩壊係数、上昇。

 ……統計的には、……今すぐこの事実を法務チームへ送信し、「健康上の理由による緊急会見」の……予約を行うといいらしい、です』


「……いや」


 レオンは虚ろな目で、下書きをデリートした。


「……謝罪バックアップなど……いらない。

 ……明日の朝、……私が立ち上がってさえいればいい。

 ……この『腹痛』すら市場を支配する“沈静の沈黙”に書き換えてみせる」


--


 

 レオンが気だるげに横に視線を投げる。

 そこにはこの世で最も不敬な光景があった。


「……いい決断だねレオン。

 謝罪は資産の毀損、ハッタリは資産の再定義だよ」


 マルヴェイが、青茨の蔓で椅子に縛り上げられたまま、ヴァルプスに淹れさせた最高級の紅茶をストローで優雅に啜っていた。

 喉元にはヴァルプスの影がナイフのように突きつけられているが、その表情はどこか恍惚としている。

 宙に浮かぶホログラムモニターの中では、ピクセルが満面の笑みでダブルピースサインを掲げている。その横のモニターには、十二階下、レオンの足元で眠りながらも、無機質な文字列で爆速レスを返すアルトのログが流れていた。


「……君達は……なぜ、そんなに落ち着いているのかな?」


 レオンの問いは、数兆魔貨の負債を問い詰めたときの部下への叱責よりも、低く、湿っていた。

 

「……どうしてアメリアに教えた?」


「……私は……必要だからやったまでだ。

 ……CEOの『人間的な欠陥(胃もたれ)』は、今やアルジャン・ブルーの最重要資産だ。私は、CISOとしてその価値を……最大化させただけだよ」


 レオンの背後からヴァルプスがリンゴジュースの入った硝子瓶を差し出す。

 それを受け取り、手元で弄びながら、レオンは身を乗り出した。


「……正直に答えなさい」


 一瞬の沈黙の後、マルヴェイはレオンを見つめて眉を下げて笑った。


「……いや、正直に言うと……。

 昨夜、ピクセルとアルトくんと一緒に、仮想通貨の深夜マイニングチャットをしていたんだ。

 ……そうしたら、私の『レオン異常行動検知バイオハザード』サーバーに、猛烈なアラートが飛んできて。

 ……くく、……もう、追いかけるしかないじゃないか」


「……ッ」


「まさか、レオンが夜中にビルを抜け出して……。

 当局の目を盗んで、路地裏のボロいトラックで『ニンニクマシマシ』の拉麺を必死に啜り、……あろうことかヴァルプスさんに抱えられて空まで飛んでさあ!」


「……そうだよ! 救世主がニンニクの刺激で『限界デフォルト』を迎える瞬間こそ、世界が求めていたエンターテインメントなんだ!

  僕たちは……情報の自由を……守っただけだもん!」

 

 ピクセルの叫びと共に、アルトはウインドウを点滅させ同意のスタンプを輝かせた。


 レオンは右手の人差し指と親指を重ね、青い火花を散らす。マルヴェイの身体を縛る青茨の蔓が蠢き、マルヴェイは顔を顰めた。


「……マルヴェイ。情報制限を展開してほしい。おねがいしてもいいかな」


「……わかりました」


「……ただの……食あたりだというのにっ」


 レオンの悲痛な叫びを無視して、マルヴェイは真剣な顔で言い放つ。


「いいえ。これは『戦略的メルトダウン』だよ。

 いいかいレオン、明日の朝、特使が来たらこう言うといい。

 『私は、ルテティアの規律という名の偽善を、豚脂でコーティングして飲み込んでやった』と」


「……誰が……信じるんだ、……そんな脂ぎった演説を……」


「世界だよ。彼らは、あなたが自分たちと同じように、路地裏で麺を啜って腹を壊したなんて、口が裂けても信じたくないんだ」


 レオンは、絶え間なく更新される「暴騰」のニュースと、目の前の「縛られたままお茶を飲むCISO」を交互に見て、静かに目を閉じた。

 マルヴェイはレオンの様子を見ながら、そっと口を開いた。


「……レオン。ついでに伝えておくけれど。

 ……私の実家が、あなたの『不具合(限界)』を嗅ぎつけました。

 一月二十五日付で、本国から『CEOの資産価値評価』の更新命令が来ました。

 ……彼らはあなたの命を、単なる数字として登記し直そうとしている」


「……相変わらず……プライバシーの欠片もない連中だ。

 ……それで、君は何と答えたんだ?」


「『彼は私の所有物アタッチドだ。勝手に書き換えるなら、サヴァスの全台帳を腐食バグらせる』……と。

 ……嘘ですよ。……ただ、監査官は来ます。これはもう止めようがない」


 レオンは額を撫でながらモニターのログを追う。各国の動きに目を走らせて眉を寄せた。


「……あと、二十二時間か」


 レオンは呟き、窓の外のルテティアの空を見上げた。


 月曜の朝。市場が開くその瞬間、世界中の「知性」という名のハイエナたちが、この執務室の扉を叩きにやってくる。

 それまでに、この胃の不渡り(デフォルト)を鎮め、史上最高の「嘘」を完璧に構築しなければならない。


 救世主は、震える手で最後の一瓶──高純度のリンゴジュース──を掴んだ。

 月曜日の開戦まで、残された時間は、もう一日もなかった。



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