第91話:『幸福の連動 ー 01/24 05:00 執行開始』
第5部:幸福の連動
蒼銀連邦の「至宝」が収監された聖域。その静寂は、かつてないほど野蛮な笑い声によって粉砕された。
「……あはは! 見て、レオンが……あの完璧なレオンが、ニンニクに負けてる!
救世主が、背脂に溺れてるわ……!」
豪華な天蓋付きベッドの上で、アメリアはクッションを叩いて笑い転げていた。
マルヴェイ経由で送られてきたログ──そこに映るのは、高級スーツの袖を脂に浸し、麺という名の「情報の暴力」に悶絶する救世主の無様な姿。
彼女の爆笑に呼応し、背後の計器が異常な数値を弾き出した。
[Amelia Vital Status: Euphoria (Laughter) Detected]
[Market Notice: L'Éclat Index surging +8.5% due to Asset Happiness]
施設の魔導システムが警告を鳴らす。アメリアの「幸福」が物理的なエネルギーとして還元され、連邦の経済指標を無理やり押し上げていく。
一人の男が深夜にラーメンを啜ったという不摂生が、世界にとっては「巨大な救済の兆し」として誤配され、夜明け前の金融街を熱狂させていた。
──その頃。
「救世主」本人は、事務所プライベートラウンジの寝台の上で、内臓の反乱に悶絶していた。
『……マスター・レオン。
アメリア姫の多幸感指数が臨界点を突破しました。
月曜の市場は──壊れます』
枕元で、淡い青い光を放つA.I.D.A.が無慈悲な報告を続ける。
「なに……どういうこと……?」
『……次はどこの屋台へ投資しますか?』
「……うるさい。……あれは、……『債権回収』を試みただけだ……」
レオンは顔を顰め、ヴァルプスから差し出されたリンゴジュースの瓶を命綱のように握りしめた。エルフの誇り(消化器官)が、未知の脂質とニンニクの波に蹂躙されている。
「……嘘をおっしゃい」
呆れ果てた顔のヴァルプスが、主の背中を優しく、しかしどこか突き放すような手つきでさすった。
「……あんなに必死に、どんぶりの底の“ありがとう”を読もうとしていたくせに」
レオンは床に突っ伏したまま、消え入りそうな声で、しかし断固として告げた。
「……二度と行かない」
「嘘ですね」
「……」
沈黙。
窓の隙間から吹き込む夜風が、部屋に残ったニンニクの残香をゆっくり攫っていった。
レオンはうつむいたまま、子供のような、あるいは重度の依存症患者のような執着を、小さな声で漏らした。
「……“ありがとう”が、気になるだけだ」
救世主レオンの「真のデフォルト」は、一杯のどんぶりの底に、確かに記されていた。
[A.I.D.A. Log: 次回予約注文 — 「ヤサイマシマシ」のシミュレーションを開始します]
※本作は、noteにて先行公開していた記録ログのアーカイブ版です。




