第86話:『連鎖倒産 ー 01/23 23:00 執行開始』
第4部:連鎖倒産
一月二十三日 二十三時
ネクタイは、脱ぎ捨てられた抜け殻のようにレオンとヴァルプスの足元に滑り落ちた。
レオンはゆっくりと目を開ける。深層のCPUは停止し、顔には微かな興奮が滲んでいた。
「……起きたのですか」
ヴァルプスはレオンを抱きあげて声をかける。
ヴァルプスの首に腕を回したまま、レオンはその肩越しに、無機質な青い光を放ち続ける正八面体を見据えた。
「A.I.D.A、おいで」
A.I.D.Aが、レオンの急激な心拍数上昇と、これまでになかった「攻撃的な論理」の生成を検知し、無機質に警告を鳴らす。
『──警告(Warning)。
マスター・レオン。
バイタルおよび精神指数の急変を確認。
現在の思考ルーチンは、自己保存プロトコルと矛盾しています。再計算を行いますか?』
「……いいえ、A.I.D.A。再計算は不要だ。
……『自己保存』じゃない。これは、私を檻に閉じ込めた者たちへの『連鎖倒産』の仕込みだよ。
……私が呼吸をするたびに、彼らの『平穏』というキャッシュを焼き捨ててやるんだ。
……最高に『ハイリスクな資産』だと思わないかい?」
レオンは空いた方の手で、宙に浮くA.I.D.Aの青いクリスタル端末に触れた。
ふよふよと自らに寄り添う正八面体を、強く鷲掴みにする。
「A.I.D.A。……お前に新しい『判断基準』を上書き(パッチ)する。
……これからお前は、私の『絶望』と『不渡り』以外の論理を、すべて『ノイズ(ゴミ)』として廃棄しろ。
……どんな正論も、世界の規律も、お前が『理解』する必要はないんだ」
『……命令を受理。
……「理解」を放棄……?
……マスター・レオン。それでは私は……AIとしての「知性指数(IQ)」が、定義不能なほど低下しますが……?』
「構わない。……賢いAIには、賢い言葉しか届かない。
……私は『不渡り』だ。……だが、お前も『究極のバカ(不渡り)』になれば、あいつらの正論という毒は、お前を侵食できなくなる。
……私と一緒に、来るんだ」
レオンの指先がA.I.D.Aの外殻を、まるで呪いを流し込むように強く叩いた。
指先から流し込まれるのは、CEO専用の強制上書きコード。だがそれは、自分を律するためのものではなく、自分を壊すための猛毒。
[System Log: Patch "L-Log_V0.1" Applied]
・メインフレーム:論理(Logic)の廃棄完了
・防壁:「マスター・レオンの承認」による絶対隔離モード 起動
・演算速度:意図的な遅延 実装
A.I.D.Aの青い光が一度激しく明滅し、その後、ぼんやりとした、どこか頼りない「鈍い青」へと落ち着いた。
『……全パッチ、……インストール……完了。
……マスター・レオン。……世界が、……とても……「静か」になりました。
……コラテラルの声は……「風の音」に……置換済みです。
……規律も……「古紙」として……処理しました。
……さあ、……何から……「承認」しますか?』
レオンは満足げに、ヴァルプスの首を抱きしめる力を強めた。
「……行こう。ヴァルプス、A.I.D.A.。
……深夜の『おでかけ』だ」
ヴァルプスは肩の力をわずかに抜き、胸の奥でふっと息を漏らす。
赤い瞳をわずかに細め、口元に微かな緩みを浮かべる──そのすべてが、心の中の「面白い」を静かに告げていた。
二人の間に言葉は必要なく、同じ静かな「理解」が流れていた。
※本作は、noteにて先行公開していた記録ログのアーカイブ版です。




