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1魔貨の聖騎士 ― 価値ゼロCEOと悪魔の強制執行監査契約  作者: 暮夜すと
【シーズン2:オスカル最終承認編】Q1

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第85話:『永久不渡り ー 01/23 21:00 執行開始』

第3部:永久不渡り(デフォルト)


 一月二十三日 二十一時


 執務室は深い闇に包まれ、遠くの喧騒はまるで別世界の音のように届く。


 ヴァルプスはレオンのジャケットに手をかけ、丁寧に彼の身体から剥がしていった。ジャケットを自身の影の中に収納し、虚ろな表情のレオンの後頭部を見下ろす。

 レオンの黒い角の根本に指を這わせ、軽くひっかく。次にヴァルプスは両手をレオンの首に這わせた。

 白い指が、レオンの喉仏をなぞる。感情をバックグラウンドへ追いやっているレオンは、その指先にさえ、何の不快も、何の喜びも示さない。

 ヴァルプスはその「無反応」に口の端を上げた。


「……しかし困りました」


 ヴァルプスはレオンの首に両手をかけ、僅かに締める。


「このままだと、あなた――完全に“所有物”ですよ」


 その言葉に、僅かにレオンの瞳が揺れた。


「……ふふ、面白いですね」


 声に喜びが混じるわけではない。純粋に、観測者としての興味が湧いただけだ。

 ヴァルプスはそっとレオンの肩に両手を置きなおし、その揺らぎを「測定」するかのように微かに圧を変えた。


 ヴァルプスが指先で魔導端末を叩くと、スピーカーから低く唸るようなチェロの音が流れ出す。

 それは昔、まだ彼らが世界を旅していた頃のこと。あの湿った洞窟で二人が血を流しながら交わした、あの剥き出しの殺意のテンポによく似ていた。

 かつて主の暴走を止めるために、あるいは共に戦うために紡いだ影の糸が、今はレオンの長い手足、指先、そして項に絡みつく。 


「……この曲、覚えていますか?」


 ヴァルプスの192センチの強靭な体躯が、座り込んだままのレオンを影ごと掬い上げた。

 視線の高さが逆転する。影に吊り上げられたレオンの身体は、驚くほど軽かった。かつて世界を震撼させた騎士の、そして巨大資本を操るCEOの質量が、今のヴァルプスにとっては1魔貨のパンよりも軽い。


「見てください、レオン。

 あなたは今、ボクの指先と影の糸なしでは立っていることさえできない」


 影の糸がレオンの膝を、腰を跳ね上げ、強制的にステップを踏ませる。

 ヴァルプスはレオンの胸板に自分の胸を押し当てた。心音を直接「観測」しながら、ゆっくりと、しかし確かなリードで闇の中を踊る。


「……でも、あなたが壊れるなら、ボクは壊れたまま抱えて生きます。

 人形でもいい。動かなくてもいい。


 ……あなたを、誰にも渡したくない」


 至近距離での囁き。影による物理的な拘束。そして心臓の同期。

 ヴァルプスはレオンを抱き寄せ、踊り続ける。


 レオンの脳内では、A.I.D.Aが「生存コスト」と「プライド」の天秤を高速で回し続けていた。

 言葉はもはや暴力ではなく、純粋に金融的評価へと変換されていく。


「人形」「所有」「資産」――。


 そのキーワードが臨界点に達した瞬間、レオンシステム上の回路が激しく反転した。


 [System Log: ID 046_CEO]

 ・家訓:『価値(Asset)を創り、積み上げ、支配する』

 ・現状:全資産の流出、個体決定権の喪失、1魔貨への価値下落

 ・再演算:――否


 価値を『創る』のは、私自身だ。

 価値を『積み上げる』のは、この不自由な檻の中だ。

 価値を『支配する』のは――支払いを拒絶する、私自身の意思だ。


 チェロの重低音を切り裂くように、掠れた、しかし冷徹な声が響く。


「……なるほど」


 レオンの瞳に、「泥濘の青」が灯った。

 レオンの身体にドス黒い重力が戻る。ヴァルプスの影が揺らぎ、レオンの肉体が「管理者の腕」を物理的に軋ませる。


「……ヴァルプス、我が家の家訓を覚えているか」


 レオンは肩に重い体重を預ける。それは降伏でも逃走でもなく、共依存への合意。


「『価値を創り、積み上げ、支配する』

 ……ああ、今、最高に価値のある『負債』を創り上げた」


 レオンの手が、自分の首元にあるネクタイをゆっくりと、しかし確実に引き抜く。


「お前という管理者に、一生分のコストを積ませ、その絶望を私が支配する」


 レオンは微かに息を吐き、胸の奥で滞っていた重みをそっと解き放った。

 静寂の中で、彼の決断が闇に刻まれる――空気が震える。


「……永久不渡り。それが最終解だ」


 レオンは微笑む。

 その刹那。


 カシャッ、と。


 チェロの終止符を汚すように、無機質な絞り音が闇に響いた。

 レオンの視界を一瞬だけ、レンズ・ゴールドのデジタル・ノイズが掠める。


(……あぁ。……撮ったな、ピクセル)


 肩の上で、透明な妖精がネオンブルーの羽根を震わせ、歓喜に身をよじらせている気配がした。

 自分の「最も惨めで、美しい瞬間」が、電子の海へと吸い出されていく。

 だが、今のレオンにはそれすらも心地よい。

 

(……マルヴェイ。今のログ、最高に『エモい』だろう?)


 レオンは虚空に向かって、あるいは同期しているであろう「もう一人の共犯者」に向かって、毒を孕んだ笑みを深めた。



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