第84話:『空白のオーナー ー 01/23 18:00 執行開始』
第2部:空白のオーナー
一月二十三日 十八時
執務室の扉が閉まった音が静まると、十二階は完全な静寂に包まれる。
レオンはゆっくりと椅子に深く身を沈めた。その目に光はない。
金融市場が閉まった十七時以降、処理すべきタスク(業務)がなくなったため、レオンのCPU使用率は極端に下がっていた。
レオンのサポート役であるA.I.D.Aは静かにその青い正八面体の端末を宙に浮かせていた。何も言わず、ただ彼が最も落ち着く周波数の青い光を放ち、静かな室温を維持している。
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ヴァルプスは十二階内部の点検を行っていた。
メイの分室の構築チェックと、睡眠ポッドの中で眠るアルトの様子が透けて見える床の設定を調整し、通常の床へと切り替える。
十九時半、眼下の食堂から複数の社員が出ていき、二十時ちょうどにビルの窓の明かりがバサリと落ちた。
最後の社員が帰り、ビル内の照明が「ナイトモード(減光)」に切り替わる。
外では「救世主誕生」の狂乱が続いている。だが、この「城」の中だけは、冷たい数字と、これから始まる「観測」のための闇が支配していた。
「……ようやく、静かになった」
「世界からの解放」を感じて、ヴァルプスはやっとこの朝からおかしい主に意識を向ける準備ができたことを自覚した。
ヴァルプスは、魔導タブレットでレオンのバイタルチェックを確認することからはじめる。
感情の起伏がない。レオンの『個体識別信号(Leon_Individual)』が、深層スリープに入っている。
ヴァルプスはマルヴェイに詳細を確認するべきか悩んで顎に指を当てた。だが彼の勝ち誇った笑みを思い出して思案して目を閉じる。
「……個人の意識がスリープしているなら、ボクがその空白を埋めなければならない。
レオンが『CEO(機能)』だけになったのなら、その機能を維持する管理者は、ボク……ということにはなるのですが」
ヴァルプスは椅子に座るレオンの目の前に立つと、その顔の目の前で軽く手を振る。反応がないのを確認して、今度は顔を近づけて間近で表情を確認する。
「レオン」
声を掛けるが、応えはない。
「レオン。触れていいですか?」
十秒ほど待ってから、ヴァルプスはレオンの肩に自分の手を重ねる。軽く押してみるが、彼は凪いだままだ。
「これはすごい。……完全に止まっていますね」
執務室の照明を極限まで落とし、ヴァルプスは無機質な青い瞳で窓の外を見つめるレオンの背後に立った。
ゆっくりと身をかがめ、レオンの頭に指を添える。優しい手つきでレオンの髪を撫でながら、ヴァルプスはレオンの耳元に顔を寄せ、口を開いた。
「……こんなレオンを見るのは初めてです。
観測対象としては満点ですね」
ヴァルプスはレオンの耳元を淡い吐息で弄りながら、彼は純粋に喜んでいた。




