第83話:『清算の予感 ー 01/23 17:45 執行開始』
第1部:清算の予感
一月二十三日 十七時四十五分
メイは巨大なホログラムの六法全書を閉じ、青白い光が消えた執務室に無機質な声を響かせた。
「……以上が当局への防衛ライン構築の報告です。
三千ページを超えましたが、これが金曜日の狂乱を『正当な経済活動』として結晶化させるための最小コストです。これ以上の修正は月曜の朝一番まで不要。
……CEO、貴方の現在の最優先業務は、週明けの決戦に備えた『リソース(肉体)の保全』です」
執務机の片隅で、冷めきった珈琲から僅かに湯気が立っている。レオンは視線を上げず、ただ短く応じた。
「……妥当だ。
ヴァルプス、内側の処理は」
レオンの影の中から這い出すように、ヴァルプスは現れた。端末のホログラムをスワイプして消去する。
「……はい、レオン。
予約者へのパッチも、ビルの『ゴースト・モード』移行も完了しています。
月曜まで、CEOの直接承認以外の入館を拒否。
このフロアは外界から完全に隔離されました。
……ボク以外の雑音は、今すぐ排除すべきですが」
ヴァルプスの視線が、窓の外で蠢く群衆のライトに向けられる。
レオンは重い瞼を閉じ、椅子の背もたれに深く身を預けた。高級な革の軋む音が、静まり返った室内で不釣り合いに大きく響く。
メイは雇用初日に起きた事案を振り返ることなく、冷ややかな視線でレオンに鉄の視線を向けた。
前日の対応では『情緒不安定なエルフの若造』という印象であったが、この日のレオンは感情指数0.0%。無駄な修辞(言い訳)を一切排除した簡潔な命令系統で動いていた。これこそが、巨大資本を動かすに相応しい『人間の形をした計算機』。
続いて、レオンの横に並ぶヴァルプスへ視線を向ける。
初顔合わせにも関わらず、メイと驚くほど連携が取れた悪魔。先ほどからレオンへの接触距離が『公私混同』の境界線を十五センチ超えている為、資産の私的独占を狙う類かと要監視リストに入れておく。実務に支障がないならば良いと、そこまで思考を巡らせてからメイは小さく頭を下げた。
「……これ以上の口論は労働基準法外です。私は帰ります。
……では、CEO。月曜に、生きてお会いしましょう」
メイが踵を返し、執務室を出ていく。
直後、執務室の照明が「夜間モード」へと一段階落ちた。
残されたのは、遠い喧騒と、止まった掲示板の残像。
掲示板には「#LEON_KAWAII」のタグが焼き付いたまま更新が止まっていた。




