『薪の香りと黒い通知』②
第2部:一世紀半の負債と、一杯の雑味
「……座れ。なにか適当に見繕ってきてやる」
セリオンはそう言って、カウンターの奥に消えた。 レオンはミッドナイトブルーの重厚なジャケットを丁寧に脱ぎ、椅子の背にかけた。
レオンはカウンターの前で両手を組み、静かに目を閉じる。
薪が燃える音と炭の香りはどこにあっても同じはずなのに、いまのレオンにはとても大切なものに感じた。
やがてセリオンは湯気の立つ木皿をレオンの前に置いた。
無骨な木の椀に根菜と干し肉の煮込みが湯気を立てている。混ぜられた薬草の力強い香りが、以前より鋭敏になったレオンの鼻腔をくすぐった。
椀の横には黒胡桃のパンが添えられている。手に取るとずっしりと重く、千切ってみると香ばしい匂いが溢れ出した。
レオンは煮込み料理を丁寧に口の中に入れ、一口一口を噛みしめる。
邸宅で出される「完璧な数値の食事」にはない味がする。
最近のレオンにとって、食事は「エネルギー補給」という経営タスクでしかなかった。
「おいしい……」
暫く咀嚼し、ゆっくりと嚥下したあとレオンは呟いた。
この喉を焼くような食事は、鈍っていたレオンの感覚を呼び戻す。
現世のタブレットの中では、この瞬間もレオンが「非情な経営者」として動かしている。しかし今、この木の椅子に座っているのは、ただ腹を空かせ、懐かしい味に目を細めるひとりの男だった。
目の前に出された料理をすべて食べ終え、レオンは絹のハンカチで口を拭う。
レオンは何度か瞬きを重ね、カウンターの木目の上で視線を泳がせた。
ふと端末の通知を見るとオスカルからの連絡が入っていた。
『第一配当、確認した。
決算の日は、観測させてもらう』
レオンは努めて冷静に息を吐き、手首に手を当てた。
自分の立場を自覚し続けなければ、誰かを傷つける引き金になる。
「……ヴァルプス」
褐色の肌に絡みつくような、細い網目を含んだ黒銀の腕輪に魔力を流しこむ。そうして、レオンは目を閉じた。
宿の扉が再び開かれ、来客が吹雪と共に現れる気配がした。
※2026/05/20 大幅修正をしました。




