第76話:『発火 ー 01/23 09:00 執行開始』
第2部:発火
一月二十三日 九時
ド・ラ・ノワール事務所の一階には社員食堂「ラ・フォンテーヌ」がある。ここでは社員とその家族は営業時間内であれば無料で食事を楽しむことが出来る。
そのため平日の朝であってもそこそこの人数が居て、静かに料理を楽しんでいた。
そのはるか頭上、一二階の執務室。
レオンはA.I.D.A.が生成した「朝の統括報告」を、個別連絡の【親展】ボックスへと事務的に叩き込んだ。
経営陣への一括送信と、顧問への儀礼的な回答。
その「中身」を精査する気力すら失ったまま、送信完了のログを無機質に見届けるレオンの元へ、執務内ポータル承認の通知が届く。
レオンが許可を出すと、執務室の床に銀色のポータル魔法陣が編み出され、そこから弁護士のメイが出てくる。
綺麗に磨き上げたパンプスが柔らかな絨毯に沈み込み、足元から滲み出た銀のオーラが彼女の黒のスーツを這い、きっちりと結い上げられた紺色の髪先で火花のように散った。
「おはようございます、CEO。本日よりよろしくお願いいたします」
挨拶と同時に、彼女は迷いなくレオンの正面――ヴァルプスが絶対的な聖域として守ってきた距離――へ踏み込んだ。
「さっそくですが、こちらの企画書を。
移動コストの削減、および有事の即時対応を名目に、一二階の一部を私の分室として徴用させていただきます」
突きつけられた魔導タブレットには、すでにメイの執務室が魔導昇降機からレオンの執務室の間に割り込んでいるフロア図面が、決定事項として表示されていた。
レオンは企画書を確認後、小さく頷く。
一拍の沈黙。レオンの指先が、空中で一度だけ、承認を意味するスワイプをなぞる。
「……メイさんの好きなように。……直通ポータル。……承認」
レオンが承認印を企画書に押したのを確認して、メイは満足そうに頷いて銀のポータルを開き、消えていった。
数秒後、レオンは考え込むように目を伏せてからA.I.D.A.端末を召喚する。
「A.I.D.A.。自動承認開始。十億魔貨以上の決済は私が判断する」
『了解しました、マスター・レオン。
閾値1,000,000,000魔貨に設定。未決済案件42件、合計401億魔貨。自動承認シーケンスに移行します』
キャッシュ・フロー
案件番号 | 金額(億魔貨) | 承認
103 ████████ 9.9 → 承認
104 ███████ 9.8 → 承認
105 ██████ 9.7 → 承認
106 █████ 9.6 → 承認
107 ████ 9.5 → 承認
108 ███ 9.4 → 承認
109 ██ 9.3 → 承認
110 █ 9.2 → 承認
――グラフは垂直落下するように、案件ごとにバーが流れ落ちていく。
承認のたび、社内資金が無機質に動き、室内ホログラムが琥珀色に点滅する。
案件103:福利厚生用どて焼き屋台村設営 9億9千万魔貨 → 承認
案件104:全自動金ピカシュレッダー30台 9億8千万魔貨 → 承認
案件105:創星連邦向け超高速パケット射出チューブ個人用金メッキ加工 9億3千万魔貨 → 承認
案件123:蓬莱皇国・霊穀一万トンの予約先物買い 9億2千万魔貨 → 承認
A.I.D.A.の声が、メトロノームのようにリズムを刻み続けた。
その一打ごとに、ド・ラ・ノワールの歴史と尊厳が、一秒間に九億魔貨の速度で削り取られていった。




