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『1魔貨の聖騎士 ― 自分を1魔貨と定めたCEOを、悪魔は契約で管理する』  作者: 暮夜すと
Q4

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『薪の香りと黒い通知』①

第1部:狂乱のアイコン、静寂の門扉



 雪深い山間にある、宿屋――『大地の蔵』。

 宿屋の主人であるセリオンは、暖炉の爆ぜる火を背に、魔導タブレットを片手に立ち尽くしていた。


『世界を照らす宝石姫、アメリア―― 古代帝国の遺産にして、現代最大の奇跡』


 画面いっぱいに映し出される、白い神官服の少女。 その周囲を、洪水のような文字列が、まるで意思を持った虫の群れのように埋め尽くしていく。


「#レクラの女神降臨」

「#現代の奇跡」

「#美と力の融合」

「L'Éclat基金、1時間で1兆魔貨突破。もはや国家予算を超過」

「主要先進国、アメリア嬢の『不可侵資産認定』に一斉署名」


「隣にいる謎のエルフがエグい」

「絶対ラスボス感ある」


 称賛と数字、そして「彼女を保護すればすべては安泰だ」という過剰で薄気味悪い安心宣言。 それらすべてが、薪が爆ぜる音しかしない宿屋の静かな空気とは、あまりに場違いなほど熱狂していた。


 そして――。画面の端、光の中に立つ彼女の隣で、漆黒の影を纏って佇む仕立てのいいスーツの男。

 黒い髪は整えられ、エルフ特有の長耳が印象深く。

 褐色の肌と、氷のように冷えた青い瞳が、フラッシュの嵐の中でも不自然なほど輪郭を失わない。

 その頭部から伸びる角だけが、どう見ても装飾ではない輝きを放っていた。


 フラッシュの嵐にさらされながら、瞬き一つせず冷徹に世界を見下ろすその横顔。 セリオンは、思わず肺から震えるような溜息を漏らす。


「……角? 冗談だろ」


 約百年前から顔を知っている男だった。

 かつての彼は、自分のような者でも“根”を持つことに意味はあるのかと青臭い理想を問い、連れ戻すべき家名の一部から逃れ続け、楽しそうに薪を割り、そして大切なものを守りきれないと、子供のように声を枯らして泣きながらこの宿を去っていった。


 セリオンは、液晶の光が目に刺さるのを厭うように眉を強く寄せた。

 今の彼には、かつての彼を構成していた青さも迷いも微塵も感じられない。

 代わりに画面から強い魔の気配がする。タブレットから放たれる現世の熱狂が、セリオンの宿の静謐を侵食しているようだった。


 そのとき。

 宿の重い扉が、静謐を裂くように軋んだ。

 白い雪が室内になだれ込む。

 雪を装飾にして、黒い影がひとつ立っていた。


「すみません……」


 タブレットの中にあるものと同じ顔。だが、液晶越しに見ていたときよりも、その存在感は暴力的なまでに鋭かった。


 セリオンが息を呑んだのは、彼が名乗るよりも早く――その身体が放つ冷気と圧倒的な素材の暴力に当てられたからだ。

 レオンが脱ぎ捨てた黒い厚手のコートの下。そこに現れたのは、現世の王侯貴族ですら袖を通すことを躊躇うような、ミッドナイトブルーの三つ揃えだった。

布地は影のような光沢を放ち、宿屋の貧弱なランプの光を貪欲に吸い込んでいる。

胸元のラペルピンに埋め込まれた紫の宝石が、成功者を誇示するかのように鈍い熱を放ち微かに煌めいた。

 レオンは胸元に手をあてて、セリオンに会釈する。


「前に、来たことがあるのですが。

 過去を整理していたら、どうやら宿代をお支払いしそびれていたことに気が付きまして……」


「忘れちまったよ、そんなものは」


 セリオンのぶっきらぼうな呟きに、レオンは自嘲気味に口角を上げた。その仕草一つで、スーツの生地が、まるで生きている悪魔の肌のように波打つ。

 黒い悪魔の角を隠そうともしないその姿は、かつての清廉な騎士の面影を完全に殺していた。だが、宿の床を踏みしめるその足取りだけは、以前の若者のときと同じ、一点の迷いもない力強さを感じた。


 レオンは僅かに口の端を上げて、腹に片手をあてた。


「腹が減ったら、いつでも戻って来ていいって。言っていたから」


 レオンは、かつての自分を知る老人の前でだけ、その肩から「ド・ラ・ノワール家」という鎧を、ほんの少しだけ下ろしてみせたのだ。


※2026/05/20 大幅修正をしました。

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