第75話:『朝食 ー 01/23 08:00 執行開始』
・全8部を分轄投稿しています。予めご了承ください。
第1部:朝食
一月二十三日 八時
街を覆う闇が薄れ、重厚な石造りのビル群が冷ややかな光に縁取られる。
蒼銀連邦の首都ルテティアは、論理と法理が支配する国。だが、この日の朝は、いつも響くはずの魔導トラムの駆動音すら、霧に吸い込まれたように遠い。
人々はまだ知らない。
この国の経済の心臓を司る「ド・ラ・ノワール事務所」の一二階で、一人の男が「人間」であることを辞め、純粋な「執行命令」へと成り果てたことを。
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ヴァルプスは、一晩中、プライベートラウンジのソファから動かなかった。
目の前のホログラムには、レオンのバイタルデータが非情にも「完全な安定」を示し続けている。
一晩中、マルヴェイにどれだけ同期していたのかという不潔感。にもかかわらず、レオンが戻ってくる場所はここしかないという傲慢な確信。その感情に心を揉まれながら、ヴァルプスはレオンが戻ってきた瞬間に着せ替えるための「完璧なスーツ」を指先でなぞった。
やがてヴァルプスの魔導端末に一件のメッセージが入る。
ヴァルプスが立ち上がるより先に、プライベートラウンジの扉を開け、ふらりとレオンが入り込んできた。
「……おかえりなさい、レオン。
……ずいぶんと、……余計な不純物を、混ぜてこられたようですね」
「……おはよう、ヴァルプス」
レオンは足を止めず、ただ事務的な声で応える。
生気があるわけでもない、「完璧な彫像」のようなレオンの姿に、ヴァルプスは魔導タブレットを掴みバイタルの確認を再チェックした。
脳波の起伏が『地平線』のようになっている。怒ってもいないし、悲しんでもいない。
「……九時からの、……全スケジュールを、……展開して」
レオンの瞳に光はない。ただ外の冷たい光を写しこみ、ヴァルプスを見つめる。
ヴァルプスが戸惑っていると、レオンはA.I.D.A端末を召喚し、A.I.D.Aに処理をさせはじめる。
レオンはホログラムモニターを複数展開させながら、億劫そうにジャケットとシャツを脱ぎ始める。
上半身裸になったところで、ヴァルプスを見てしばらく固まっていた。
ヴァルプスは、そのいつも通りの不可解な間に、言葉にならない思いを抱きながら、レオンの身支度を大急ぎで手伝うのだった。




