第73話:『自己欺瞞の緊急パージ ー 01/23 03:00 執行開始』
第3部:自己欺瞞の緊急パージ
一月二十三日 三時
エラーログの濁流が、レオンの意識を内側から食い破ろうとしていた。
解析不能。フィルタ不能。削除不能。
視界の端で、ヴァルプスとの共依存パスを示すインジケーターが、警告の深紅に染まり、激しく点滅している。
(……このままでは、……マズい)
レオンは、震える指先で自身のこめかみを強く押さえつけた。
脳内に溢れ出した「自己嫌悪」と「絶望」という名の非構造化データ。
これがパスを通じて逆流すれば、受取人であるヴァルプスの精神回路は、許容入力を超えて確実にクラッシュする。
「……これは、……私の弱さではない。
……管理官の安全を確保するための、……プロトコルだ」
自分に言い聞かせる声は、ひどく掠れていた。
「助けてほしい」という本音を、彼は脳内で
【バッファ・オーバーフロー回避のための外部ノードへの緊急パージ】
という冷徹な文字列に書き換える。
(ヴァルプスには、……この汚泥を処理する権限はない。
……なら、……毒を食らっても死なない、ところへ……)
レオンは乱れたスーツのまま床を這うようにして執務室の扉を開ける。
プライベートラウンジで待機しているはずのヴァルプスの気配が揺らめいた。だがレオンは振り返らない。観測して察してくれ、と心のどこかで祈りながら立ちあがり、足早に歩き出す。
一度足を止めると、悪態をつきそうな唇を噛み締めながら魔導端末を操作した。
ヴァルプスへの連絡。
そして、マルヴェイへの連絡。
ヴァルプスは既読無視。
マルヴェイは、マゼンタ色のハートのスタンプだけを返してきた。
「……マルヴェイ……」
地下ラボの重い扉の前で、レオンは拳を握る。
そして――
静まり返った廊下に、小さなノックが響いた。
それは、プライドの城壁が崩壊した男が、最後に縋り付いた――
「合理化」という名の、あまりにも不器用な嘘だった。




