第71話:『傲慢なデバッグ ー 01/22 20:00 執行開始』
『演算される絶望 』
第1部:傲慢なデバッグ
一月二十二日 二十時
外界の灯りが、一つ、また一つと消えていく。
夜の街が眠りへ沈む中、ド・ラ・ノワール事務所の執務室だけが、青白いホログラムの光に浸食されていた。
「夕食は不要だ。
……代わりに、推奨された栄養価を満たす固形食料を二単位摂取すると約束する」
レオンはヴァルプスに、それだけ告げ、背後に残る管理官の気配と懸念を、扉一枚で遮断した。
椅子に腰を下ろす。
ネクタイを一段階だけ緩める。だが、その瞳に「休息」の二文字はない。
執務机の端には、ヴァルプスが用意していた木灰色の固形食料が置かれていた。
レオンは一度もそれに視線を向けないまま、手探りで掴み、口へ運ぶ。
「燃料補給」
味覚という感覚器を切断し、全神経を眼前の論理回路へ接続する。顎の動きすら、計算の邪魔にならない規則的なリズムだった。
「……A.I.D.A。起動しろ」
空間に淡い光の層が展開する。
「……これより、本日十一時から十一時三十分にかけて行われた、弁護士メイ・D・アイアンとの全対話を記憶媒介解析。
発言を論理演算子へ変換、スクレイピングを実行せよ」
数秒の沈黙。
次の瞬間、空間にメイの言葉が展開される。
音声ではなく、無数の「01」に分解された論理構造として。
生存。
利益。
契約。
損失。
それらが冷たい数式となり、宙に並んでいく。
レオンはその光景を見上げ、わずかに鼻で笑った。
「……彼女の主張は、あまりにも情緒的だ」
指先で空中のコードを弾く。
「ヴァルプスの感情という『不確定要素』を、数式の中央に置くなど……実務家のやることではない」
光の演算式が、再構築される。
「……どこかに、致命的な論理矛盾があるはずだ」
レオンは淡々と命じた。
「A.I.D.A。私の計画――『Project Leon』の最終項に、メイのロジックを投入しろ。
……あんなパッチワークのような生存戦略に、私の計画が負けるはずがない」
青い光が、レオンの褐色の肌を無機質に照らす。
彼の瞳は、裁定者のそれだった。
まだ、彼は知らない。
自分がこれから行うのが「デバッグ」ではなく、
――自分という完璧な城壁を、内側から爆破する最終手続きであることを。




