『北極星の名前と、偽証の調律』②
第2部:名前を呼ぶ資格
レオンの提案を、宝石姫は静かに受け止めた。しかし、淡い紫の角の光が微かに乱れる。それが、彼の求めた代償の重さを物語っていた。
「……それを選べば、私はどうなってしまうのでしょう」
視線を落とし、組んだ指先にきつく力を込める彼女に、レオンは無理にブレスレットを押し付けようとはしなかった。ただ無言で、選択を委ねるようにケースを開いたまま待つ。
「君がどうしたいか。それだけが、君の自由だ」
「私は……怖いのです」
絞り出された震える声に、レオンは微かに唇を噛んだ。
世界に晒され、消費され、大悪魔の標的になる。その重圧は計り知れない。
「私が光として、世界に示されるべき『もの』だなんて、耐えられません。
見られ、飾られ、利用される。私はただの……『宝石』として生きてきたから。
私の家族も、友達も、みんな……いまも世界のどこかで、誰かの資産の欠片になっているはずです」
滲む涙を必死に堪える彼女を、レオンは真っ直ぐに見つめた。
「君が恐れるのはわかる。だが」
レオンの声から、あらゆるビジネスの冷徹さが消える。
「君が『物』として扱われることは、私にとっても耐え難い。……君はもう、ただの鉱物じゃない。
私は、君という存在そのものを守りたいんだ。もし君が世界から逃げたいというのなら、今すぐ言ってくれ。
……この現世を捨てて君を連れ去る実力なら、私だけが持っている」
それは、完璧な管理者が初めて漏らした、剥き出しの本音だった。
しばらくの静寂の後、彼女の指先が冷たい精霊白金に触れた。震えながらも、ブレスレットをきつく握りしめる。恐れを飲み込み、何かが決着した眼差しが、レオンを捉えた。
「私は……あなたと一緒にいたい。あなたが私を『女神』にしたいのなら、私は、あなたと共に輝くためにそこに立ちます」
彼女は手のひらで乱暴に目元を拭うと、一度深く息を吸い、煌めく紫の瞳をレオンに向けた。
「私……ずっと迷っていたんです。でも」
その眼差しの真剣さに、レオンの体が一瞬、強張る。
「宝石姫」として出会い、約十年の歳月を経て――今、真名への扉が開かれようとしていた。
「――私の名前は、アメリアといいます」
その名を耳にした瞬間、レオンは世界が止まるほどの衝撃のなかで、かろうじて息を呑んだ。
アメリア。一瞬だけ、完璧な無表情が崩れそうになる。彼は何度か瞬きをし、込み上げる熱を冷徹な仮面の裏へと強引に押し戻した。
「アメリア……」
その四文字をなぞったとき、胸の奥に確固たる楔が打ち込まれた。自分は今、ようやく彼女の名前を呼ぶ資格を、彼女の命を背負う覚悟を手に入れたのだと。
「君が選んだその道を、私は支える。君の名前を知った今、私のポートフォリオは君の生存のためだけに機能する」
レオンは自身の手を、アメリアの手の上にそっと重ねた。アメリアは、少し照れたように、けれど揺るがぬ慈愛を込めて微笑む。
「レオンさん。私はもう迷いません。あなたの隣で、ずっと。
……だから、砕ける時は、一緒、ですからね」
※2026/05/20 大幅修正をしました。




