『北極星の名前と、偽証の調律』①
第1部:聖域の同意
窓から差し込む夕日の光が、銀のティーポットに反射して、リビングを暖かな色で包んでいる。日が沈みかけた空は淡いオレンジ色に染まり、薄く翳りを帯びた光が、穏やかに空間を満たしていた。
レオンと宝石姫は静かに向き合っている。
レオンの黒曜石の角は、斜陽を受けて夜空の星のように静かに光を放ち、宝石姫の淡い紫の角は、夜明けの空のような柔らかな光でその輪郭を優雅に際立たせていた。二つの角は交わることなく、互いの光をただ反射し合っている。
「レオンさん。……少し、お疲れのようですね」
紅茶を注ぐ宝石姫の声は、いつも通り穏やかだ。しかしその柔らかな調べの裏には、レオンの心の奥底に潜む焦燥を的確に掬い上げる鋭さがあった。
彼女が差し出したカップを受け取るレオンの手は、微かにも震えなかった。完璧なエグゼクティブとしてのコントロール。しかし、真っ白な磁器の表面に映る自分の顔は、酷く冷えて見えた。
「……気づいていたか」
「はい。あなたの背中が、以前よりもずっと重そうで。……私に、何かできることはありませんか? 宝石として飾られる以外に、あなたの力になりたいんです」
宝石姫の瞳には、無償の憐れみではなく、共に戦場に立つ「戦友」としての確固たる意志が宿っていた。その輝きに、レオンは一瞬、息を呑む。
もう、一人で隠し通せる局面は終わったのだ。バルナザールの包囲網も、叔父オスカルの強欲な視線も、すでにこの平穏のすぐ傍まで迫っている。
レオンはポケットから、小さなケースを取り出した。
中に収められているのは、精霊白金のブレスレット。オスカルと共に用意した、現世の魔術的防御と『L'Éclat』の象徴を刻んだ、最強の護符。
「宝石姫。これを着ければ、君はもう、ただの『保護対象』ではいられなくなる」
レオンの声は、残酷なほど平坦だった。
「君を、現世の『女神』として上場(IPO)させる。
世界中の視線を君に集め、君を『消してはいけない公共資産』へと作り変えるんだ。
……それは、君のプライバシーを殺し、君をこの現世の城塞の『要』として永久に固定するということだ」
彼 女の命運を市場の荒波に晒す、恐ろしい責任。だが、牙を剥く大悪魔から彼女を守るための、これが唯一の、そして最悪の最適解だった。
「君を危険に晒す、最低の提案だ。……だが、そうしなければ、バルナザールから君を隠し通せない」
※2026/05/20 大幅修正をしました。




