『公証人の屈辱と、名前の奪還』②
第2部:異邦人たちの来訪
悪魔界。
ベルフェゴール局・第4出張所の待合室は、いつも魂を抜かれたような静かな悪魔たちで溢れている。
壁の時計は逆回りに時を刻み、天井からは「ため息」が可視化されたような灰色の埃が舞い落ちる。
窓口担当のベヒラは、指先の泥を落としながら、次の番号を呼び出そうとした。
だが、その指が止まった。
出張所の重厚な自動ドアが開いた瞬間、そこだけ現世の「金融街」の空気が流れ込んできたのだ。
「……なんだ、あいつらは」
待合室の悪魔たちが、一斉にざわめき、そして沈黙した。
先頭を歩くのは、完璧にプレスされたダークスーツを着こなした男――レオンだ。
エルフ特有のしなやかな肢体に、現世の成功者が纏う「理性の鎧」を装備している。だが、その足取りは事務手続きに来た客のそれではない。
獲物の喉元を正確に切り裂きに来た暗殺者の冷徹さが、その青い瞳に宿っていた。
長く薄い耳の上から後方へ流れる細い隆起は、髪に紛れて一見すると黒い装飾のように見える。ベヒラは注意深く見て、初めて角だと気づいた。この男は悪魔だ。
その後ろに、銀髪を一つに結んだ、磁器のように白い肌の青年――ヴァルプスが続く。 彼は、レオンの影に徹するかのような深いミッドナイトブルーの三つ揃いを纏っていた。
仕立てのいいジャケットの下、身体のラインに沿ったベストが、彼の無駄のない動きを強調する。 銀の髪が濃紺の襟元にさらりと流れ、そのコントラストが、彼の冷徹な赤い瞳を血のように鮮やかに浮かび上がらせていた。
生え際から伸びる巨大な角は、重い螺旋を描いて後方へ流れ、光を吸う黒に翡翠色の細線を宿していた。
その存在は荒々しさではなく、静かな支配と内に秘めた力を感じさせる。
彼はレオンと歩調を完璧に合わせながら、周囲の悪魔たちを「ゴミ」でも見るかのように一瞥した。
そして、最後に現れた「それ」を見た瞬間、ベヒラは背筋に氷を流し込まれたような錯覚に陥った。
淡桃色の髪を優雅に揺らし、翡翠の瞳を細めて楽しげに周囲を見渡す、白肌のエルフ。
マルヴェイだ。彼は光沢のあるライトグレーのスーツを粋に着崩している。その色彩は、どす黒い役所の風景の中で、猛毒を持つ熱帯の蝶のように鮮やかに、そして不気味に浮き上がっていた。
「……おい、ベヒラ。あの髪の色と目の色。まさか龍淵。サヴァス家の……」
隣の窓口の同僚が、震える声で囁いた。
場違いなほど美しい、スーツ姿の3人組。
レオンがベヒラの正面に立ち、無機質なカウンターに革の手袋を脱いで置いた。褐色のきれいな指が優雅に踊り、黒い爪が煌めく。
「……番号が呼ばれるのを待っていたが、少しばかり急ぎでね。
……始めてもいいかな、お役人さん」
※2026/05/20 大幅修正をしました。




