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『1魔貨の聖騎士 ― 自分を1魔貨と定めたCEOを、悪魔は契約で管理する』  作者: 暮夜すと
Q4

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67/323

『泥を啜る覚悟と、蛇との契約』③

第3部:影の兵站(断頭台の会議)


 魔導ポータルの青白い残光が霧散したとき、そこは色を失った世界だった。

 重厚な黒檀の扉の前。左右を固めるのは、彫像のように動かないヴァレリアンと、退屈そうに爪を眺めるカイウス。

 レオンは頭にかけた隠蔽魔法が悟られないことを祈りながら、そっと前髪を直した。

 昔のままの姿で、叔父に会うことがいまは最適解だった。


 二人の無言の圧力を背に受けながら、レオンは一歩、叔父の私室へと足を踏み入れた。


 室内には、光がない。 ただ、机の向こう側に座る男――オスカルの青い瞳だけが、暗闇の中で燐光を放っている。


「それで……今回は何を持ってきた?」


 叔父の声には、かつて箱庭で北極星を教えてくれた男の温度が、まるで最初から存在しなかったかのように欠落していた。

レオンは一度だけ、喉の奥で――塩気の強すぎる、あの夜のシチューの味を反芻し、感情を完全に殺した。


「Q4までに、大悪魔バルナザールの現世資産を実質ベースで三割削れます。

 それを、あなたに」


 理由も、復讐心も、恐怖も言わない。

 提示したのは、叔父にとっての「実利」としての数字だけだ。

 暗闇の中で、オスカルがわずかに身を乗り出す気配がした。


「……ほう。あの『墨鬼の主』のポートフォリオを崩すと。

 ……条件は?」


「一点だけ。私の現世拠点への直接介入は避けてください」


「拠点、だと? ……なぜ?」


 レオンの背中に、嫌な汗が伝う。 だが、視線は逸らさない。

 ここで「彼女が待っているから」と言えば、一瞬で彼女が人質になる。


「回収効率が落ちます。

 私のパフォーマンス維持に必要な、最低限のインフラです――破壊すれば、こちらの動きが雑音になります」


「……インフラ、か」


 オスカルは短く呟いた。 理由を言わないのが、理由。 その空白に横たわる「人間性」を、叔父は冷酷に、そして楽しむように見抜いている。


「それで、具体的な手法は。……君がやるのか?」


「市場です。正確には、バルナザールの現世資産が、外部からはそう見えるように誘導します。

 Q4に入れば、それらは本人の意思とは無関係に、動かなくなる」


「凍結」とは言わない。「攻撃」とも言わない。 ただ、機能不全を事実として突きつける。


「……市場の判断、というわけだ。面白い。……だが、もし失敗したら?」


 レオンは、自分の喉元に断頭台の刃が落ちる感触を覚えた。


 レオンは一瞬だけ思考を巡らせた。

 金銭では足りない。情報では弱い。

 叔父が本当に価値を見出すのは、「成果を出すレオン・ド・ラ・ノワール」そのものだ。

 ならば、担保に入れるべき資産は、最初から一つしかない。


 ここが、魂の売り渡し場所だ。


「私を……回収して構いません。

 私をあなた名義の『オプション』として保持してください。

 ……行使タイミングは、バルナザール排除後で結構です」


(これでいい。これで、バルナザールは沈む。ヴァルプスは守れる。

宝石姫、君の食卓は、私が売ったこの『骨』で買い戻す)


 沈黙が、部屋を支配した。


「……惜しいな」


 静かな声が響く。


「……だが。君が私のもとに、戻ってくるのなら」


  やがて、暗闇の中から、乾いた革の手袋が重なるような、小さな拍手の音が聞こえた。


「……いいだろう。その契約、承認する。

 不渡りを出せば、君のすべてを私が回収する」


「……問題ありません」


 契約完了。

 レオンは深く頭を下げ、部屋を後にした。

 背後で扉が閉まった瞬間、彼は壁に手をつき、肺にあるすべての空気を吐き出した。


(……啜ったぞ。……生き延びるために、世界で一番冷たい泥を)


 震える手で端末を起動する。 バイタルデータの定時送信。


 定時自動送信。


『異常なし』


 その四角い文字が、自分を縛る新たな鎖に見えた。




※2026/05/20 大幅修正をしました。

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