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1魔貨の聖騎士 ― 価値ゼロCEOと悪魔の強制執行監査契約  作者: 暮夜すと
【シーズン2:オスカル最終承認編】Q1

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第59話:『影の重複ログイン ー 01/21 12:25 執行開始』

第5部:影の重複ログイン(デュアル・アクセス)


 一月二十一日 十二時二十五分


「……レオン。こちらにおいでなのは分かっております。

 お迎えに参りました。

 十四時からバイタルチェックの時間です」


 硬質で容赦のない声。ヴァルプスだ。

 レオンは弾かれたように指を引き抜いた。飴を転がすマルヴェイの口角が、勝ち誇ったように吊り上がる。


「……失礼します」


 返辞を待たず、重厚な鉄の扉が、物理法則を疑うほどの静けさで開かれた。

 入り口に立つヴァルプスの背後から、十二階の「無菌室」の冷気がラボの澱んだ空気を一掃するように流れ込む。

 彼の視線は、レオンの微かに濡れた指先と、満足げに飴を転がすマルヴェイの口元を、超高精細なスキャナのように捉えた。


「……レオン。その指の湿り気、およびその男の口腔内にある未確認の糖分ノイズ

 ……管理ログに記載のない『不純なパージ』が行われたと判断します

 許可した排熱プロトコルを逸脱オーバーランしています。

 直ちにその個体から離脱し、清浄化クリンリネスの工程に移行してください」


 ヴァルプスの声は、もはや氷のような冷たさを含んでいた。

 レオンは咄嗟に手を引いた。


「あはは。ヴァルプスさん、君は相変わらずタイミングが悪いね。

 レオンは今、私との同期で最高に『効率的』な排熱をしてたんだよ。

 ……ほら、レオン。続きをしようよ」


 マルヴェイの手が、そっとモニターの青い光に投げ出されたレオンの影に移動する。

 つぷり、と音を立ててレオンの影の中に手首まで差し込み、マルヴェイはヴァルプスを見上げて小さく笑った。

 レオンの背筋を、同期リンクによる不純な熱が、甘い痺れとなって駆け抜ける。

 ヴァルプスの瞳に、紅い殺意が灯った。それは愛する者の嫉妬などという生易しいものではない。

 自分の管理する資産レオンを汚染されたことに対する、排除プログラムの起動だった。


「……マルヴェイさん。

 そこはボクが主さまから拝領した、ボクだけの場所です」


ヴァルプスの声は、激昂を通り越して「静かな処刑」の響きを帯びていた。

 主(資産)を管理する者として、マルヴェイという不純物がレオンの影――すなわち魂の最も近い領域――にログインしている事実は、彼にとって死よりも耐え難い「欠陥エラー」だ。


「ヴァルプスさん……

 レオンの影に入れるのは君だけじゃ、ないんだよ、もう。

 ああでも……今夜の顧問の検収に使えるかも? ねえレオンどう思う?

 一人じゃ不安なら私が影に入ってついていこう」


 マルヴェイの言葉が終わるより早く、レオンの足元の影が歪に膨れ上がった。

 ヴァルプスがレオンの影に自身の魔力を無理やり割り込ませ、侵入者マルヴェイを物理的に「パージ」しようと試みたのだ。


「レオンの影を『空きストレージ』のように語らないでください。

 影とは、主の魂の輪郭をボクが守護し、整えるための聖域なんです」

 あなたが行くのであれば、ボクがレオンの影として同行します」


「あはは、重いよヴァルプス!

 君の『忠義』という名のデータが多すぎて、影の解像度が落ちるじゃないか。

 ……ねえ、レオン。今夜の顧問は、ヴァルプスみたいな『剥き出しの殺気』を一番に嗅ぎ取るよ?

 私なら、君の恐怖と同期して完璧に消えてあげられるのに」


 二人の執着がレオンの影の内側で衝突し、黒い輪郭が猛獣を閉じ込めた袋のように伸び、撓む。


「……二人とも、やめなさい。今すぐにだ」


 レオンは、こめかみを指先で強く押さえながら、冷徹な声を落とした。

 その声には、限界に近い精神的な「廃熱」が混じっている。


「今夜、私が対峙するのは『違和感』を見抜く悪魔だ。

 お前たちのその……『主への過剰な指向性』が影の端から一滴でも漏れれば、顧問はそれを見逃さない。

 ……私は今夜、空っぽの器としてあそこに立つ。

 お前たちが中にいれば、私は『空っぽ』になれないんだ」


 影の波打ちが、ゆっくりと凪いでいく。

 ヴァルプスは静かに目を伏せる。軽く頭を下げるが、その顔は屈辱に染まっている。マルヴェイは拗ねたような表情を見せて、口の中の飴玉を奥歯で齧った。


「じゃあ、マルヴェイまたね。

 いくぞ、ヴァルプス」


「はーい、またね~」


「……はい。

 ……仰せの通りに。

 ボクの未熟が、主を孤独にさせてしまうことをお許しください」


 歩き出したレオンのあとに静かについていくヴァルプスと、その二人の背中を見送りながらマルヴェイは椅子に座ってくるくると回転した。

 レオンの影の端に残った、自分とヴァルプスの魔力が混ざり合った泥のような濁り。それを愛おしそうに眺め、彼は指先で自分の唇をなぞった。


「……あはは、あんなに濃い影を連れて、一人で立てるつもりかな。レオン」


 ヴァルプスとマルヴェイの魔力にあてられて、レオンの影はいつもより濃く揺らめいていた。



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