『氷闇の経営者』③
第3部:廃棄と祝祭
黒い爪先で、レオンはガブリエルが持参した『廃棄命令書』を、汚物でも扱うかのように摘み上げる。
紙の手触りすら、彼の指先の冷たさにかかれば、無価値なゴミと同じだった。
「……ヴァルプス。これを捨てろ。
バロウ、お前には『別の数字』を持ち帰らせる。
専務がそれを見れば、私を殺すどころか、機嫌を損ねぬよう跪いて懇願しに来るだろう」
「はい」
ヴァルプスの応答とともに、命令書は機械に吸い込まれ、刻まれるように消えていく。
オフィスに残るのは、魔導式シュレッダーの淡い明滅と無機質な回転音だけ——その音すら、どこか儀式的に響いた。
提示された住民票と「320%」の数字を交互に見つめ、ガブリエルは唇を噛みしめる。
「……狂っている。こんなもの、本社が認めるはずがない……!」
「認める必要はない。ただ専務に見せろ。
経営者なら、この数字の持つ『引力』には抗えない」
レオンは手を伸ばし、軽くガブリエルの肩を叩く。その仕草に、威圧の余韻と、かすかな遊び心が同居していた。
「お疲れ様、ガブリエル。冷めた紅茶が喉を通らぬうちに、帰りなさい」
ガブリエルは、微かに口を開いたが、なにも言わずにレオンを睨みあげる。
「……失礼、する」
霧雨のように逃げる足音が遠ざかるのを背中で聞きながら、レオンはゆっくりとサングラスを外した。
青の瞳は、ほんのわずかに疲労を帯び、窓の外の闇をじっと見据える。
冷えた空気に微かな温もりを求めるように、指先に触れるヴァルプスの手を意識する。
「……ヴァルプス。
明日の朝食は、少し甘いものがいい。……『お祝い』の準備を始めよう」
「はい。……すぐにご用意します」
ヴァルプスがそっと寄り添い、冷えたレオンの指先を包む。
二人の背後では、魔導式シュレッダーにかけられた『死(廃棄)』の断片が、ゴミ箱の中で静かに積もっていた——まるで、過去の残滓を雪のように覆い隠すかのように。
決戦の月が、確実に、もうすぐそこまで来ている。
※2026/05/20 大幅修正をしました。




