第57話:『幽霊の製造 ー 01/21 11:00 執行開始』
第3部:幽霊の製造
一月二十一日 十一時
金本がバシバシとレオンの肩を叩き、飴の包み紙を散らかして出ていった後、室内に残ったのは、安っぽい飴の甘い匂いと、レオンの肩に残る「重み」の残滓だけだった。
「次は……」
レオンの言葉が終わるより先に、その男は「そこにいた」。
扉が開いた音も、足音もしなかった。
シリアル・V・アルト。
プラチナシルバーの髪をナノマシンで完璧に固定し、瞬き一つせずにレオンを見つめるその瞳は、薄水色の回路が明滅するHUDそのものだった。
アルトは音もなくレオンの机に近づいた。彼は、金本が触れた箇所の「ノイズ(脂)」を嫌悪するように見つめ、空中にホログラムの操作パネルを展開する。
「CEO。
……前任のNMDU代表との接触により、あなたの心拍数は12%上昇、コルチゾール値がスパイクしています。
……非効率だ。
その『感情』という名のバグを、早く私に預けていただきたい」
アルトの声は、録音された合成音声のように抑揚がない。
アルトは、ボタンもネクタイもない無機質なブラックスーツの裾を微動だにさせず、レオンのデスクの前に立った。
彼は金本のように肩を組んだりしない。ただ、レオンの全身を網膜スキャンし、その「存在」をデータへと変換していく。
「アルトさん。発注内容は、昨夜送信した通りです」
「『DPA(意思決定連続性確保)計画』ですね。
……承知しています。あなたが物理的な活動を停止した後も、アメリア基金が停滞しないための、高精度デジタルツインの構築」
アルトの指先が、空間にホログラムのグリッドを描き出す。そこには、レオンの骨格、筋肉の動き、声の波形、そして精神の「癖」までが0と1で再現されていた。
「……私がいなくなった後も、アメリアに私の『不在』を悟らせないための、完璧なバックアップ(記録)を焼いてほしい。
……私の死後、生きている者がその『幽霊』を抱きしめても、気づかないほどの高精細な嘘を」
「……『幽霊』。いい表現です。
肉体という古いハードウェアを廃棄し、純粋な演算体へと移行する。それは死ではなく、究極のアップデートだ。
CEO、スキャンの最終フェーズに入ります。
……あなたの意識の底にある『願望』を、一ビットも漏らさずコピー(アーカイブ)しましょう」
アルトの発光する瞳が、レオンの脳深部を覗き込む。
彼は、レオンを「主」として見ているのではない。
分解され、保存され、最適化されるべき「古いバージョンのハードウェア」として観測している。
アルトの指先が、空間に浮いたレオンの脳の3Dモデルを、事務的に回転させる。
レオンは、自分の魂がバイナリデータに変換され、サーバーの底に幽閉されていくような、形容しがたい高揚感を覚えた。
「……コピーが完成したとき。それは、私なのか?」
「いいえ。
それは、『あなた以上に、あなたらしい機能美を備えた製品』です。
……CEO。あなたはもう、自分自身の死を心配する必要はありません。
この1と0の海の中に、あなたの『代わり』はいくらでも生産されますから」
アルトの瞳の奥で、HUDのログが高速で流れる。
レオンは、自分が今すぐ消えても世界は何の問題もなく回り続けるという安堵感を、最新技術という名のメスで突きつけられていた。
「素晴らしいね」
レオンは静かに目を閉じた。
一月二十一日。
金本に「舞台の後始末」を任せ、アルトに「自分の代役」を焼かせる。
これで、レオン・ド・ラ・ノワールをこの世から抹消するための「システム」は、二重の鍵をかけられた。




