『氷闇の経営者』①
第1部:完璧な設計者たち
十月初めの朝は冷たい霧雨が街路を濡らしていた。
枯葉は濡れた舗道に貼り付いて、足音を吸い込み、外は静かすぎるほどの沈黙に包まれている。
だが、ド・ラ・ノワール事務所の中は、外気の冷たさをものともしない熱気と緊張に満ちていた。
「……レオン、右肩をあと2ミリだけ下げてください。
……はい、これで新調された芯地と『角』のラインが完全に同期します」
ヴァルプスは膝をつき、レオンの足元から襟元まで、狂気的な精度でチェックを繰り返していた。
手に握るのはいつものバインダーではなく、高級馬毛のブラシと、レオンの変異をミリ単位で記録した「仕様マニュアル」。
全身鏡の中の自分を、レオンは冷徹な検収者の目で見つめる。
漆黒の勝負スーツは、現世のテーラーに無理を言わせて作らせた戦闘用装甲だ。
ハイネックの立ち襟は、側頭部から突き出す角を異形ではなく「デザインの完成」として昇華させている。
「いい手際だ、ヴァルプス。
……私の体温がエルフの平熱より5度上回っていることも、このスーツの遮熱材は計算済みだろうな?」
「もちろんです。今のあなたの『魔力出力』なら、普通のウールでは燃えてしまいますから」
立ち上がったヴァルプスの指先が、レオンの喉元に触れる。
かつて主が同種族になったと恐れに震えていたその指は、いまは遠慮なくその肌に触れていた。
「……合格だ。お前の保守運用には、いつも助けられる」
黒いマニキュアが施された爪でヴァルプスの顎を軽く持ち上げる。
金を散らす青の瞳と、深く依存の色に染まった悪魔の赤い瞳が、鏡越しに交差した。
いま、二人の瞳は完全に同じデザインを描いている。
※2026/05/20 大幅修正をしました。




