↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『1魔貨の聖騎士 ― 自分を1魔貨と定めたCEOを、悪魔は契約で管理する』  作者: 暮夜すと
【シーズン1:バルナザール決算編】Q1

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/362

『雪解けの夜の覚醒』④

第4部:


 夜の帳が街を包み、高級宿の一室には淡く光る魔法陣が展開されていた。

 円卓の上に規則正しく刻まれた符号と線は、単なる装飾ではない。これは契約の場を守る防護網であり、二人の間に引かれた、逃れられぬ論理と魔力の境界線でもあった。


 ヴァルプスは静かに椅子に腰掛け、レオンから視線を逸らさない。銀色の髪が淡く光を反射し、二対の巻き角が微かに揺れる。卓上に置かれた承認札は、必要であれば大悪魔が瞬時に中継介入できることを示していた。その存在だけで、レオンの胸に冷たい重圧を落とす。


「……まず初めに。君の自動昇格を予想しきれなかったのは、私が悪かったと思っている。

 しかし、契約の更新は……いや。まずは、そちらの要望を聞こう」


 声は冷静を装っているが、胸の奥は激しく跳ねていた。短剣の柄を握る手に力を込め、騎士としての誇りと、限界を迎えた肉体の間で揺れる自分を必死に抑え込む。


「レオン。ボクからの希望内容を伝えます」


 ヴァルプスは低く、至極もっともな業務報告のように囁いた。


「あなたが完全に機能停止してしまう前に、ボクが手を添えたい。管理権を一部中継させてほしいのです。

 そうすればあなたは、ご自分の誇りを守りつつ、宝石姫を完璧に護衛し続けることができます」


「……中継?」


「いまのボクなら、あなたも、宝石姫も抱えて走れる。

 それだけ、強くなりました。だから、あなたの代わりにボクがあなたの体調管理や、今後の旅の指揮や運営を担います」


「……嫌だ。任せられない。私がすべて決めたい」


「なにもかもを、任せてほしいとは言いません。

 ただ、あなたは一人で抱え込み過ぎています。宝石姫を守るためにボクを召喚して契約をしたくせに、あまり頼ってくれませんでした。

 おかげで、あなたは不眠になり、魘されて。薬を飲んで、それを宝石姫に隠して旅を続けている」


「……」


 抵抗の意志は波のように押し寄せ、そして退いた。

 ヴァルプスはただ、静かに待っていた。強制ではない、だが逃げ道もない。


「レオン。あなたがいなくなられては、宝石姫は困るでしょう。数年かけて旅をしていますが、安住の地は見つからない。

 せめて落ち着いた仮拠点を見つけるまで。ボクにあなたの身体的サポートをさせてください」


 その言葉に、レオンの意識は昼間の光景へと滑った。宝石姫が笑顔でタルトを頬張る姿――あの純粋な信頼と無邪気さが、今の決断を後押しする。だが同時に、自らの魂のレイヤーを切り売りすることへの根源的な恐怖も胸を圧した。


「……彼女を守るためなら、どう従っても、いい。だが、その前にどうしてバルナザール卿が関わってくるかだけ教えてほしい」


「まずひとつ」


 ヴァルプスは指を一本立てた。


「ボクが上級悪魔になった時点で、あなたとの契約更新は必須になります」


「……それは、わかる」


「ふたつ。あの方を通して承認札を使えば、悪魔界での手続きはすべて簡略化できます。ボクがあなたと離れて悪魔界に戻る必要もなくなる」


 その言葉に、レオンはわずかに眉を動かした。離れずに済む、という一点だけは、素直に安堵できる材料だった。


「そして、もうひとつ」


 ヴァルプスは一拍置いて、静かに続けた。


「ボクが上級悪魔になったうえでの今後のバックアップを、あの方がしてくださいます」


「……あのひとのメリットは、何だ」


「そうですね。有り体にいえば、自分の因子が混じった悪魔個体を管理下における、とでもいいましょうか」


「……」


 レオンは長く息を吐き、視線を定めた。


「もうひとつ、言っておかなければなりませんね」


 ヴァルプスの声が、わずかに低くなった。


「この契約は、一度結べばボクたち二人の意志だけでは解消できません。破棄には、バルナザール様の承認が必要になります」


「……つまり」


「はい。あなたが望んでも、ボクが望んでも、あの方が頷かない限り――この鎖は、解けないということです」


 レオンは、卓上の承認札に視線を落とした。あの銀の札が示していたのは、ただの後ろ盾ではなく、二人の関係そのものに打ち込まれた楔だったのだと、今さらのように理解する。


「……それでも、構わない。彼女を守れるなら。君は、それでいいのか」


「ボクは、かまいません」


「……ならば承諾しよう」


「賢明なご判断です」


 ヴァルプスはわずかに唇を吊り上げ、卓上に一枚の書類を滑らせた。そこには既に、血のように赤い魔力の文字で契約条項が刻まれている。レオンは毅然とした態度でペンを執り、宝石姫の顔を思い浮かべた。心の中で何度も条項システムを確認し、静かに署名を走らせる。決定的な一線は、すでに踏み出された。


 署名が完了した瞬間、円卓の魔法陣が白銀の光を放ち、承認札が宙に浮いた。


 長年、胸の奥にわだかまっていた重みが、契約の回路を通ってヴァルプスへと急速に流れ出していく。まるで、精神負荷コストという数値に変換されて、誰かに肩代わりされていくかのように。

 ヴァルプスは胸を押さえ、一度強く眉を寄せた。だがすぐに表情を整える。それからゆっくりと立ち上がり、レオンの背後に回ってその肩に手を置いた。その圧力は穏やかだが、明確な管理権の掌握を示している。


「これであなたは、宝石姫の前で立っていられます。

 溢れそうになる君の負債ストレスを、ボクが肩代わりしましょう」


「……ヴァルプス。おまえに私は、負担をかけている」


「契約書通りですよレオン。ただあなたをサポートするだけです。ですから、問題はありません」


「……」


 レオンは目を閉じ、ついに肩の力を抜いた。

 永い歳月で磨り減った自分を痛感しつつも、彼女を守る権利を維持できたことに、歪な安堵が胸を温める。


「レオン……今日はもう、休みましょう」


 耳元に届くヴァルプスの低い声は、お行儀のいい敬語でありながら、レオンの理性を甘く、容赦なく侵食していく。


 夜は静かに、しかし圧倒的な質量で二人を包み込む。

 抵抗も、服従も、もはや境目はなかった。

 レオンは自らの魂が、逃れられない夜の底へ引きずり込まれるのを自覚する。

 歪な力を得た悪魔の腕に、すべてを委ねながら。


※2026/05/21 大幅修正をしました。

※2026/09/25 大幅修正をしました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。