第4話:『案件重複拒否:専務バルナザールの鉄血承認』— 防衛(独占)
第1部:管理官の密やかな夜の「成果報告」
深夜の静かな宿。北国の冷気が窓を叩く音さえ止まった一室で、ヴァルプスは意識の同期を「現世」へ戻した。
「……レオン……寝ちゃった?」
隣に横たわる騎士の、深く規則正しい寝息を確認し、ヴァルプスは安堵の溜息を漏らす。月の光に照らされたレオンの横顔は、460年の旅路で磨り減った形跡を感じさせないほど穏やかだ。
(……よし、バイタル安定。同調率、良好)
ヴァルプスはベッドサイドに置いていた魔導通信機を、音を立てないよう手繰り寄せた。
真っ暗な室内で、通信機の青白いバックライトがヴァルプスの赤い瞳と、自慢の角を怪しく浮かび上がらせる。 レンズを向け、眠るレオンの顔のすぐ横で、満面の笑顔でピースサインを作った。
カシャリ
影の魔法で遮断されたはずの魔導音が、ヴァルプスの耳にはひどく傲慢に響く。 画面の中のレオンは、かつての峻厳な「聖者」の面影を脱ぎ捨て、ヴァルプスの腕の中で無防備な「ただの男」に成り下がっている。 もし彼が目を覚まし、自分の寝顔が悪魔界の専務室へ『エビデンス』として送信されていると知れば——。
ヴァルプスは背筋に走るゾクりとした快楽を楽しみながら、指先を滑らせた。
【件名:重要資産・レオンの現況報告】
「父上!見て見て!
レオン様、今日もボクの手を離さずに寝てくれました。 心拍数も呼吸も、完全にボクの波長に落ちています。
ボク、このインフラを一生守り続けるよ!
父上、大好き、ありがとう!」
送信ボタンを押す。
満足げに頷いたヴァルプスは、温かなレオンの体温に顔を埋め、背徳的な幸福感の中で眠りに落ちた。
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第2部:専務執務室の「鉄の論理」
その数時間後。悪魔界魔王本社、地上1000メートルの高層フロア。
バルナザール専務の机に、理性派の筆頭『第9監査部門:法秩序維持局』の局長から、抑揚のない冷徹な内線が入った。
「……バルナザール専務。例の『レオン・ド・ラ・ノワール』個体について、外部クライアントであり、契約者の叔父でもある『オスカル』より正当な移管依頼が届いた。
貴殿の部門の若手が抱えているようだが、案件の重複は避けるべきだ。速やかに譲渡を」
バルナザールは手元のタブレットに届いた「息子からのドヤ顔写真」を眺め、口角をわずかに上げた。
「局長。その依頼は『デッドコピー(無効な重複)』だ。
既に我が部門でBCP(事業継続計画)に基づく最優先維持管理工程に入っている」
「……何だと? 我々のシステムに独占契約の記録はないが」
「当然だ。あれはもはや単なる『契約』の段階ではない。
『契約者保全のためのインフラ維持管理』として運用中だ」
バルナザールはホログラムを展開し、ヴァルプスから送られた「手繋ぎ」のデータを数値化して転送した。
「よく見ろ。この個体は精神負荷の臨界に近かった。
だが今、管理官ヴァルプスは24時間体制で負荷調整・安全確保の業務を遂行している。添い寝・接触による調律も、日常の自由行動や嗜好を維持するための『管理プロセス』だ。
これは占有ではなく、資産価値と契約者の安寧を保持するオーバーホールである」
局長は沈黙した。
バルナザールの声は、部屋の空気を一瞬で引き締めるほどの重圧を帯びた。
「局長。君たちは、精密機械にハンマーしか持たぬ者を当てるつもりか?
この個体はすでに管理官ヴァルプスの波長以外を受け付けないよう生体認証(同調)済みだ。
今さら無理に引き剥がせば、資産と契約上の安寧が損なわれる。
……魔王陛下に『莫大な損失を出しました』と報告書を書くのは、君か? それとも私か?」
「…………」
理性派にとって、損失と責任ほど恐ろしいものはない。
「理解したようだな。
オスカルには『当該個体は専門部署による最優先管理下にあるため、介入不可』と伝えろ。
そして若手の机には二度と内線を繋ぐな。現場の集中を乱すな」
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第3部:シュレッダーと親心
バルナザールは通信を切ると、宙に浮いた「移管依頼書」を忌々しげに弾いた。
依頼書は魔導式シュレッダー『煉獄の業火・オフィスエディション』に吸い込まれ、断末魔のような火花を散らして光の塵となった。
「……やれやれ。うちの息子が、管理下で自由を維持しながら極上の調律を受けているというのに、無粋な連中だ」
バルナザールは、ヴァルプスの報告メッセージに『既読(承認)』をつけ、静かに返信した。
【返信:バルナザール専務より】
『報告は受理した。外圧は握りつぶした。お前は引き続き、その「契約者インフラ」の整備に集中せよ。
……追伸。調律は対象を傷つけぬ範囲で行うこと。加減を覚えるのも上級業務の一部だ』
「……460年も監視を続けていた執念深い身内か。
管理官(息子)の執着とどちらが…」
バルナザールは椅子を回し、窓に向かい優雅に手を振る。
窓は薄く煌めき、現世の宿屋から見える夜景を映し出した。
地獄の摩天楼とは対照的に、ランプの火が淡く雪を照らす静謐な世界。
自慢の息子がその片隅で、「契約者としての自由と安寧を保持した生活」を守られている。
バルナザールは顎に手を当て、北国の雪景色を愉悦の混じった笑みで見守り、静かに目を細めた。
※レオンとヴァルプスは第一部が終わってもまだ添い寝と手繋ぎしかできていません。




