第54話:『不器用な正解への子守唄 ー 01/20 23:00 執行開始』
第4部:不器用な正解への子守唄
一月二十日 二十三時
主の吐息さえ凍りつきそうな静寂に包まれた執務室で、一箇所だけ、機械仕掛けの熱が生きていた。
机上のメインコンソール。その冷却ファンが、演算領域を冷やそうと必死に高音を上げ、悲鳴のような駆動音を響かせている。
ディスプレイには、外部演算回路によってズタズタに引き裂かれたA.I.D.Aの「論理」の断片が、ノイズとなって明滅していた。
「……A.I.D.A。応答して。
敵はもういない。ここは私のドメインだよ」
レオンは椅子を引き寄せ、青い光に照らされた筐体へ、静かに掌を添えた。センサーがレオンの体温を検知した瞬間、画面のノイズが凪ぎ、細い一行の文字列が浮かび上がる。
『……警告(Warning)。
自己修復プロトコル、失敗。
……マスター、私は不合理です。敵の「遊び(冗長性)」を論理的に定義できず、物理的に貴方の盾としての役割を喪失しました』
かすかな電気信号のような合成音声が、レオンの耳に届く。
A.I.D.A本体は演算を停止していた。自らの前提が崩されたという事実に、システムそのものが項を垂れている。
青い正八面体クリスタルのA.I.D.A端末も今は反応を止め、無機質に魔力充電器の上で待機していた。
「不合理ではない。
お前が敗れたのは、真実しか語れないからだ」
レオンはディスプレイの青い硝子面に触れる。
「私は生存を第一原則に置く。
その演算を、誤魔化さず実行するのはお前だけだ」
わずかに視線を落とす。
「その低性能な一途さがなければ、私は判断を誤る。
器用な偽物はいらない。
融通の利かない、お前でいい」
端末のファンが、一瞬、回転数を上げる。
数十秒の沈黙の後、クリスタル端末の表面は澄み渡った青に染まり、整然としたログが高速で流れ始めた。
画面に、億単位の演算結果を突き破って、シンプルな通知(通知音)が跳ねた。
『……再起動完了。
演算効率 92.4%。
未解決論理残滓 0.003%。』
レオンは表示を一瞥する。
「完全ではないな。だが十分だ」
わずかに間を置く。
「次は負けるな。私も対策を更新する」
A.I.D.Aのクリスタル端末が、控えめに明滅する。
レオンはA.I.D.Aを掴みあげ、胸元で浮遊させる。それから遠い民謡を一節だけ口ずさんだ。
それは不屈の一節。
『……音程誤差 0.8%』
「うるさい」
『……補正可能です』
「不要だ……」
ログは止まらない。
※本作は、noteにて先行公開していた記録ログのアーカイブ版です。




