第51話:『同期ノードの初期化 ー 01/20 2:30 執行開始』
第1部:同期ノードの初期化
一月二十日 二時三十分
深い闇の中、白いホログラムの明滅がレオンの横顔を照らしていた。
窓に白茨の結界が張られた室内という仮想空間で、レオンは膝をつき荒い息を吐いていた。
視界の端で、A.I.D.A端末が小刻みに震え、無機質なアラートを鳴らしている。
『──警告(Warning)。
精神負荷指数、許容限界まで残り3%。
……劇団外注リソース、バルトロメによる「高純度ノイズ」の受信を、継続しますか?』
ホログラムの中で、バルトロメが叔父オスカルの優しい声を借りて、レオンの存在意義を根底から否定する声を浴びせかける。かつてのレオンなら、この「言葉の毒」が直接魂に突き刺さり、ヴァルプスの魔力回路を焼き切るほどの拒絶反応を起こしていたはずだ。
だが、今のレオンの精神には、常駐型バックアップというマルヴェイが深く牙を立てていた。
前回の訓練をヴァルプスに「無」にされた苦い記憶を、今、マルヴェイというバックアップの存在が塗りつぶしていく。その事実に、レオンは僅かな安堵を覚えた。
「……マルヴェイ。
叔父上の『声』を全量、君の領域へバイパス(迂回)しろ。
……不純物として検収しろ」
レオンが呟くと同時に、項の紋章が脈動するように青く発光した。僅かなノイズが首もとで散る。
直後、レオンの脳を叩き割ろうとしていたバルトロメの言葉が、「意味を持たない無機質な波形」へと変換され、マルヴェイという冷却装置へと吸い込まれていく。
『──同期、安定。
……外部演算ユニット(マルヴェイ)への負荷分散を完了。
……マスター・レオンの意識パーテーション、正常に維持。
精神指数、55%まで回復』
〈……っ、あは……! 素晴らしいよ、レオン。
……君に向けられた『憎悪』が、私の胸を締め付けて
……熱くて、甘い……! もっと、もっと私に流して……!
君が泣きたいほど苦しい時、私の全身が君の絶望で跳ねるんだ……!〉
脳内に響くマルヴェイの歓喜は、もはや悲鳴に近い。
レオンが「無」でいるために、マルヴェイがその裏で「地獄」を肩代わりし、悶絶しながら悦んでいる。
「……出力を上げろ。
叔父なら、もっと私を殺しに来るはずだ」
レオンは、かつてないほど冷徹で澄み渡った瞳で、バルトロメを見据えた。バルトロメは冷酷に頷き、丸めた台本――叔父の断罪の象徴を振りかぶる。
前回の訓練は、管理官によって無惨に潰されていた。だが今回は――マルヴェイのおかげで、ノイズは確実に分散され、わずかに胸の奥で安堵が広がる。マルヴェイが絶望を吸い上げるたび、レオンの心は不気味なほど「クリーン」に研ぎ澄まされていく。
ヴァルプスの「安寧という名の檻」では、決して耐えられなかった高電圧の絶望。
レオンは、マルヴェイという専用デバイスを道連れにすることで、叔父を討つための「毒」を、自らの内側に着実に蓄積させていった。




