第50話:『不可逆の同期ー 01/18 14:55 執行開始』
第4部:不可逆の同期
一月十八日 十四時五十五分
レオンは、自身の「計画記録」が整然と並ぶコンソールの前に立ち、事務的な手つきでA.I.D.Aを再起動させた。
八面体の表面に幾何学模様を浮かべて青く明滅するA.I.D.Aを浮かび上がらせると、C.O.L.L.A.T.E.R.A.Lが即座に同期を要請する。
ボルドーの残光が支配するアーカイブ室で、マルヴェイは長袍を緩やかに肩から滑り落とした。
露わになった白い胸元。そこには龍脈を司るサヴァス家の百合の紋章痕が、レオンの承認を待って静かに脈動している。
「……ここに、流して」
マルヴェイの指先が、レオンの手指を絡め取り、自身の心臓の直上へと導く。
レオンが「仕様変更」を承諾し、その指を押し当てた瞬間、マルヴェイの世界が反転した。
「――っ、ぁ……!」
マルヴェイの喉から、歓喜とも悲鳴ともつかぬ湿った吐息が漏れる。
レオンの上級悪魔としての冷徹な魔力が、プラグインされた接点から、マルヴェイの血管へと濁流のように流れ込む。
サヴァス家の龍脈が走る音は、無数の鈴が地下で鳴り響くような不吉な共鳴だ。マルヴェイの白い肌の下で、黒い電子の茨がパチパチと音を立てて芽吹いていく。東方系の高価な沈香の香りとわずかな「オゾン臭」が混ざり合う。
清浄なエルフの血液が、悪魔の法理によって強制的に書き換えられていく激痛。だが、それは同時に、レオンの精神の深淵と直結される、極めて高効率なデータの流転でもあった。
マルヴェイの白い肌を、レオンの魔力の色と同じ青の茨が這い上がる。
それは角や羽といった物理的な異形ではなく、この個体が「レオン・ド・ラ・ノワールの所有資産」であることを示す、不可逆な管理コード(刻印)だった。
淡桃色の髪が、同期の過負荷に波打ち、逆立つ。翡翠の瞳がレオンの網膜に映る景色をそのまま写し取って、ゆっくりと縦の瞳孔へと変質していく。
「……あは、は。
……あぁ……レオン。……繋がった。
……君が、私の中に……溶け出してくる……」
脳内に直接、レオンの「事務的な思考」と、その深層に隠された「誤差」が、解読不能なバイナリデータとして流れ込み、二人の境界が溶けて混ざり合う。
マルヴェイはレオンの首筋に顔を寄せた。
心臓の鼓動が、龍脈を通じて完全にシンクロする。
一人が息を吸えば、もう一人の肺が膨らむ。一人が絶望を演算すれば、もう一人の視界が暗転する。
それは「同一のOSを分け合う二つの端末」としての、あまりにも密接で、あまりにも精神の連結(心中)だった。
「……認定、完了だ。マルヴェイ。
……君は今日から、私の予備機だ」
レオンの声は平坦だった。
自分と同じ「悪魔の拍動」を刻み始めた肌の温度は、ログに保存された。
冷たい電子の音が、心臓の鼓動に代わって空間を支配し始める。
二人の吐息だけが、青い光の中で白く混ざり合い、消えていく。
同期は不可逆段階へ移行した。
マルヴェイは、レオンの首筋に顔を埋めたまま、新しく手に入れた「悪魔の権限」を使って、自身のバイタルログをレオンの影の下へと隠蔽した。
マルヴェイは長袍を整え、何事もなかったかのように翡翠の瞳を細める。
鏡合わせのように同期したその瞳には、今やレオンが抱える絶望が、例外なく同期済みだった。
※テーマ:「優しさ」は時に相手を甘やかして共倒れにさせるが、「責任」は相手を怒らせてでも、全員を泥沼の中で生き残らせる。
※本作は、noteにて先行公開していた記録ログのアーカイブ版です。




