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『1魔貨の聖騎士 ― 自分を1魔貨と定めたCEOを、悪魔は契約で管理する』  作者: 暮夜すと
Q3

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『現世に咲く黒の資産』②

第2部:名前に宿る責任


 首都の喧騒から少し外れた市役所の出張所は、この地域には珍しく魔導冷房が過剰なほど効いていた。

 外の粘りつくような熱波が嘘のように肌寒い。

 足元の石タイルの冷たさが、レオンの感覚を少しだけ鋭くする。


 番号が呼ばれ、レオンは滑らかな手つきで書類を窓口へと差し出した。


 窓口の職員は、差し出された書類よりもまず、彼の腕に目を奪われた。

 白いシャツの袖が、引き締まった褐色の肌にぴったりと沿って、光を受けてほんのり輝いている。

 余計な装飾がなくとも、そのシンプルな装いは彼の整った顔立ちを引き立て、洗練された印象を与えていた。

 少し眉をひそめた表情、まっすぐな青い目線、種族特有の長耳──どこか異国の貴族を思わせる好青年がそこにいた。


「ヴァルプス。こっち」


 レオンが一度振り返り、手を伸ばす。

 職員は、レオンの整った横顔を追うようにして、その背後から近づいてくる銀髪の青年に目を留めた。そして、思わず息を呑む。 

 ヴァルプスと呼ばれたその青年もまた、息を巻くほどの容姿を持っていた。しかし、レオンの爽やかな美しさとは対照的に、彼の纏う空気はどこか人間離れして冷ややかだ。

 レオンの身長をさらに見下ろす、圧倒的な長身。

 頭の後ろで一つに結ばれた銀髪が広い肩へと流れ、青白い肌はまるで冷たい大理石のように、他者を拒む無機質さを湛えている。その赤い瞳が一瞬だけ職員を捉えたが、そこには一片の興味も宿っていない。 

 ヴァルプスはすぐに職員から視線を外すと、レオンのすぐ傍らへと寄り添い、その背後に静かに佇んだ。


 レオンから書類を受け取りながら、職員はもう一度二人の姿を盗み見る。

 違和感を覚えるのも無理はなかった。 

 本来ならば、長耳のエルフと、それ以外の種族。

 まったく異なる血統にしか見えない二人には、はっきりとした不調和と、他人が踏み込めない秘密が隠されているようだった。


「……ご兄弟、ですね? その、あまり似ていらっしゃらないようですが……」 

 

 レオンは一瞬、心臓の奥がチリと焼けるような感覚を覚えた。 

 かつて自分が持っていた家族の名前を、今や悪魔界の『研修個体』に分け与えているという事実に、微かな戸惑いが胸をよぎる。しかし、彼は一瞬でそれを押し殺し、完璧な営業スマイルを浮かべて言葉を紡いだ。

 ほんの微かに瞳の奥の魔力を編み、職員の認知を揺らす。偽造書類の不自然な箇所を「見落とさせる」だけの、ごく軽い暗示。


「ええ。私の従弟(いとこ)ですよ」


 ヴァルプスが軽く息を呑む。

 『従弟』という響きは、バルナザールの『所有物』としての刻印を少しずつ上書きしていく、希望の証のように感じられた。


 ヴァルプスは職員に見えない位置から、レオンの裾を軽く引っ張った。 

 レオンが少しだけ肩を振り返り、見上げるようにして視線を合わせる。交差したヴァルプスの瞳には、かつて何度も見てきた、どこか甘えたような輝きが浮かんでいた。

 新しい『名前』が本当に現世での居場所を意味するものなのだと思うと、これまで『借り物の存在』として過ごしてきた彼にとって、これはあまりにも大きな一歩だった。


「……はい、ではこちら。新しい身分証です。大切に保管してくださいね」


 職員から手渡されたのは、現世のどこにでもある長方形の魔導基盤カード。 

 そこには確かに、【ヴァルプス・ド・ラ・ノワール】という文字が刻まれていた。


 レオンがそれを受け取ろうとした瞬間、ヴァルプスが奪い取るようにしてカードをしっかりと握りしめた。じっとそれを見つめる。


「……ボク、本当に、ド・ラ・ノワールになってしまいました」 


 レオンは彼から顔を背けるようにして、視線をわずかに落とした。


「何を言っている。君は最初から私の……」


 続く言葉を喉の奥に押し戻し、レオンは少しだけ表情を硬くして言い放つ。


「――資産だ」 


 その瞬間、内心に広がった微かな逡巡を、レオンは自嘲した。今のヴァルプスには、そんな冷酷な言葉は似つかわしくない気がしたからだ。カードを見つめる彼の赤い瞳の中には、子供のような安堵と希望が眩しく揺れている。


 レオンはふっと息を漏らし、静かに言葉を付け足した。


「……金庫にいれるなり大切にしろ。

 その名前は、現世では私と同じだけの『責任』を伴う」 


 少し冷たく響きすぎたかもしれない。そう自覚しつつも、今の自分たちにはこの境界線が必要なのだとレオンは己に言い聞かせる。


「わかっていますよ。

 ……お兄様、とお呼びしたほうがよろしいですか?」


「……外でその呼び方はどうなのかな」


「では通常通り、レオンで」


「……ああ」 


 レオンは顔をしかめた。だが、すぐにその目の端が、窓から差し込む夏の眩しさのせいか、わずかに緩む。


 レオンが足早に歩き出すと、ヴァルプスはその大きな足音を響かせ、すぐ後ろをぴったりとついていった。



データ照会:現世市民権・身分証(現地盤・書き換え後)】

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発行機関:地獄台帳管理局・認可局(現世支部)

氏名:ヴァルプス・ド・ラ・ノワール(正式個体名・市民登録済み)

所属:レオン個人資産・家族権下

階級:特例上級(現世管理職相当)

特記事項:本個体はレオン閣下直轄の資産・家族権として完全管理


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※2026/05/24 大幅修正をしました。

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