『現世に咲く黒の資産』①
第1部:「105%」の嘘
二十一時を過ぎても沈まない七月の西日が窓から容赦なく差し込み、事務所内の温度をさらに上げていた。その光が届かない薄暗い事務所の奥で、魔導通信端末から放たれる青白い光が、レオンの顔を冷たく照らしていた。
画面の向こうには、バルナザールの代理人である監査官が無機質な事務処理の完了をただ待っている。冷房の効かない部屋では、レオンの額に微かな汗が浮かぶ。その様子を、ヴァルプスは無言で木苺の氷菓を食べながら見守っていた。
室内に籠る熱気のせいで、時折その影が陽炎のように揺れた。
レオンはあらかじめ用意していた「ヴァルプス・ド・ラ・ノワール移籍に伴う現世研修計画書」を添削する。並ぶのは、バルナザールが喜ぶであろう甘い言葉の数々だ。
『閣下の偉大なる因子を継ぐこの個体を、あえて現世の『汚泥』の中で揉む。
これこそが、将来的に本社の利益を最大化させるための、高度なOJT(実地研修)なのです。
管理責任はすべて私が負い、閣下には『研修管理費』という名の、純粋な配当だけをお届けします』
――送信。
「……よし。これで、あの人の『直感』がこっちに向くことは、当分ないだろう」
レオンは深く息を吐いてタイを緩める。その仕草が、汗ばんだ褐色の肌にやけに生々しく映った。
「レオン。閣下は信じるでしょうか」
ヴァルプスが氷菓を食べ終え、細い木の棒を齧りながら身を乗り出す。その赤い瞳には、多少の呆れと、自分を「守り抜いた」ことへの隠しきれない興味が混ざり合っていた。
「まあ……信じなくてもなんとかする。
騙したのではない。
……他人に消費させるくらいなら、お前という『不良在庫』を、私が責任を持って『永久欠損(独占)』すると報告しただけだ」
「……なるほど」
ヴァルプスが苦笑する。その後、ゆるく視線を窓の外に逃がし、どこかほぐれたような表情を見せた。
「さて」
レオンは端末を切り替えると、自分だけが閲覧できる「真実の損益計算書」を開いた。
バルナザールに報告した利益は「105%」。
だが、裏帳簿に踊る実質利益は「320%」を超えている。差額の215%は、すべてヴァルプスの身代金であり、これからのQ3を優雅に過ごすための「凪の軍資金」だ。
表向きはバルナザールの看板を借りつつ、内実はレオンがすべてを奪取した二重契約。
嵐のようなQ2が去り、不穏な変異さえも日常として楽しむための、狂気的なほど平穏な第3四半期(Q3)が、今ここから始まろうとしていた。
※2026/05/24 大幅修正をしました。




