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1魔貨の聖騎士 ― 価値ゼロCEOと悪魔の強制執行監査契約  作者: 暮夜すと
【シーズン2:オスカル最終承認編】Q1

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第47話:『論理心中(ロジカル・シンクロナイズ) ー 01/18 14:00 執行開始』

第1部:空白の脆弱性


 一月十八日 十四時


 外の世界は、冬の透き通った静寂に包まれていた。

 ド・ラ・ノワール事務所の最上階ラウンジ。

 ヴァルプスが「安寧」と名付けた繭の中で、レオンは所在なげに琥珀色のハーブティーを口に含んでいた。


「……レオン、もう少しだけお休みください。

 ……ボクが戻るまで、このフロアの全隔壁は『完全封鎖』に設定してあります。

 ……誰一人、貴方の眠りを妨げさせません」


 ヴァルプスは、レオンの膝に最高級の毛布をかけ直し、まるで壊れ物を扱うようにその頬を撫でた。

 その時だった。

 ラウンジのメインモニターが、無機質な緊急着信を告げ、赤く点滅した。


『──警告。地獄経済監査局より、緊急公文書を受信。

……件名:アメリア基金・魔力資産の緊急実地監査について』


「……監査?」


 ヴァルプスの端正な眉が、不快げに跳ね上がった。

 モニターに踊るのは、サヴァス家の紋章が透かしで入った、法的に一切の反論を許さない強制執行命令書だ。


『……管理官ヴァルプスの魔力供給源に、資産価値を損なう特異なノイズを検知。

……直ちに地下一階・魔力炉における実地検査を命じる。

……拒否した場合は、アメリア基金の即時凍結、および管理官権限の剥奪を検討する』


「……馬鹿な。ボクの魔力に異常など──」


「……行け、ヴァルプス。

君がここで私に固執して『公的評価』を落とすことは、私の資産運用計画における最大のリスクだ。

……君の忠誠を、無能な怠慢エラーで汚さないでくれ」


 レオンの低く、乾いた声がラウンジに響いた。それは刃のように、ヴァルプスの胸に突き刺さった。

 レオンは、ティーカップをソーサーに置き、CEOとしての冷徹な瞳でヴァルプスを見据えた。


「……公的な要請だ。拒絶すれば、アメリアという『資産』に傷がつく。

……ビジネスを止めるな。

……二時間で済ませてこい。

……それは管理官としての、お前の『責任』だろう?」


「……ですが、レオン。あなたを一人にするわけには──」


「行け」


 レオンが放った「責任」という名の刃に、ヴァルプスは息を呑んだ。

 忠誠心の強い彼にとって、主の「責任を果たせ」という命令は、何よりも絶対的な呪縛だ。

 心の奥で主を守りたい気持ちがぎりぎりまで膨らむ。だが、公式命令がその思いを押し留めた。

 「戻らなければ……主を守れない……」と、頭の片隅で小さく囁く自分を押し殺した。

 ヴァルプスは扉の前で一度だけ振り返り、震える声で囁いた。


「……二時間で、必ず戻ります。レオン……待っていてください」 


 その赤い瞳には、おとぎ話に出てくる子ヤギを守る母ヤギのような、必死の優しさが宿っていた。だが、レオンはただ無言で頷くだけだった。

 ヴァルプスは、苦虫を噛み潰したような顔で、何度もレオンの周囲のセキュリティ設定を確認し、最後に重厚な扉のロックをこれ以上ないほど強固に施して、部屋を去った。


 ヴァルプスの足音が遠ざかり、重厚な防音扉が完全にロックされた数分後。

 ヴァルプスが実地検査に向かったわずかな隙に、「カチリ」と場違いなほど軽い解錠音が響く。


「……あはは。お疲れ様、お母様ヴァルプスくん

……最高の『空白』を作ってくれて、ありがとう」


扉が左右に開き、冬の陽光を背負って、藍色の長袍チャンパオをひるがえしたマルヴェイが、まるで自分の部屋に戻ってきたかのような足取りで入ってくる。


「……マルヴェイ。君、どうやってその鍵を」


「サヴァス家の裏ルートを使えば、法律上も物理上も問題なしだ」


 マルヴェイは小さく笑った。翡翠の瞳を細めて、レオンの隣にすとんと座る。


「それよりレオン、昨日は散々だったみたいだね。

あんな繭に閉じ込められて……仕事が捗らなくて、退屈だっただろう?」


マルヴェイは、淡桃色の髪をさらりと揺らし、レオンの飲みかけのハーブティーの香りを、まるで唇を奪うかのような距離で嗅いだ。


「ヴァルプスくんが淹れたお茶は、君を眠らせるための薬(安寧)の匂いがするね。不誠実だ。

君はもっと、ヒリつくような『演算(仕事)』を求めているのに」


マルヴェイは、スリットから覗く細い脚をレオンの膝に寄せ、囁く。


「……場所を変えよう、レオン。

ここ(ラウンジ)は、あの狂犬が君を飼い慣らすための『揺り籠』だ。

……君の本当の聖域……『深層アーカイブ室』で、続きを始めよう。

君が十七日にやり残した、DPA計画の最終デバッグ。

……私なら、君の隣で、君と一緒に地獄の底を覗いてあげられるよ」


レオンは、翡翠の瞳に宿る不吉な光を見つめ、無意識に乾いた唇を舐めた。

本能的な動揺が一瞬よぎったが、理性が優先順位を瞬時に整理し、即座に抑え込んだ。

レオンはA.I.D.A端末に追尾指示を送り、歩き出す。


「…………いいだろう。……案内しろ、マルヴェイ」


十七日の「空白」が、マルヴェイという毒によって、急速に「共犯」の色に染め上げられていく。

毒と責任が混じり合う、凍てつくような共犯の静寂が、ラウンジを包み込んでいた。





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