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『1魔貨の聖騎士 ― 自分を1魔貨と定めたCEOを、悪魔は契約で管理する』  作者: 暮夜すと
Q2

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『破滅の契約、あるいは孤独な支配者』⑤

第5部:不確定未来への初期投資


 無機質な黒曜石の廊下にまろび出た瞬間、レオンは壁に手をつき、深く息を吐いた。

 冷たい汗が背中を伝い、今さらになってタイを緩める指先がひどく震えている。

 深い呼吸を繰り返すたびに、バルナザールとの交渉で浴びた魔圧の気配──あの大悪魔の重圧が、遅れて胸の奥へ圧し掛かってきた。


「……ここで死んだら、魂はどこに行くんだ、ヴァルプス」


 息を整えるように、レオンはかろうじて言葉を絞り出した。


「あはは……。

 レオン、顔色が芋の乾物みたいですよ」


「……君の反応を見てる方が、よっぽど怖かった」


「いや、まあ、閣下は格上なので……」


 ヴァルプスは軽やかな笑い声を上げたが、その声の裏には、冗談めかしながらも隠しきれない寂しさと安堵が滲んでいた。


 ヴァルプスの足元の影は、かつてのようにノイズを撒き散らすことなく、レオンの影とぴったり重なるように静かに収束している。


「……レオン。

 さっきの『個人事務所』の話、本気ですか?

 履歴書とか、書き直さなきゃいけないんですけど」


 ヴァルプスが、少し視線を泳がせる。

 レオンは固めた表情を崩さぬまま、言葉を告げた。


「今日からお前は、本社の備品じゃない。

 私の、専属の……ただの悪魔だ。

 ……文句はないだろう」


 ヴァルプスは一瞬だけ視線を床に落とした後、目を細め、改めてレオンの顔を見上げた。


「いいえ。……文句はありません」


 どこか意外なほどの礼儀正しさで一礼する。


「社長、とお呼びしたほうが?」


 呼ばれたその瞬間、レオンは微かに眉をひそめた。だがすぐにその表情を押し殺し、ポケットから汗ばんだハーブのタブレットを一粒、口に放り込んだ。

 苦味と清涼感が、凍りついた理性を少しずつ溶かしていく。


「……いや」


 ──自由を勝ち取ったのではない。 


 今、二人はもっと深い意味で、後戻りのできない場所へ進み始めている。

 悪魔界と現世というシステムの中で、彼らが向かうのは、より険しく、孤独な航路マーケットだ。


「……私たちだけだ」


 レオンは遠くを見つめ、その言葉を呟いた。


 どんな結末が待っているかを知りながら、それでもこの歪んだ契約を抱えて進んでいくしかない。

 それをどうしようもなく受け入れていく覚悟だけが、春の薄明かりの中に静かに溶けていった。



※2026/05/24 大幅修正をしました。


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