『破滅の契約、あるいは孤独な支配者』④
第4部:専属契約
バルナザールの黄金の瞳が、昏い愉悦に細まる。その刹那、執務室の重圧が倍化した。
背後にいるヴァルプスの影が、激しいエラーノイズを散らしながらシステム上の悲鳴を上げかける。
レオンはわずかに奥歯を噛み締め、共生ラインを通じてヴァルプスへ流れ込む負の負荷を強引に遮断した。
今の自分は、騎士でもエルフでもない。一桁の誤差すら許容しない冷徹な「計算機」だ。
「赤字ではありません。あなたにとっての『管理コストの外部化』を提案しているのです」
レオンは魔導タブレットをフリックし、事前に改ざんしておいた【認可証・改訂案】のホログラムを空中へ展開した。
「……おやおや。勝手に仕様を書き換えたか。君は本当に、私の寛容さをテストするのが好きだね」
「寛容さではなく、合理性に基づいたトップダウンの提案です。……あなたが彼を『直轄資産』として手元に置くたびに。
私の機嫌……失礼、出力される魔力の品質は、同期不全によって著しく低下する。
これは我が事業における『最大の不確実性リスク』です」
バルナザールは、ホログラムに浮かぶ『レオン・ド・ラ・ノワール個人事務所への移籍』という条項を眺め、優雅に鼻で笑った。
「彼を私の個人事務所へ移管し、運用権を私に委託してください。
そうすれば、今後発生するあらゆる運用エラー、および個体の破損リスクは、すべて私という『アセット』が補填することになる。
……あなたは、『リスクゼロで配当だけを受け取る大株主』に回れる。悪い取引ではないはずだ」
「……」
バルナザールは沈黙した。
執務室を支配するのは、ヴァルプスが必死に噛み殺すノイズの残響と、レオンの微かな呼吸音だけだ。
「……ヴァルプス。君はどうだ」
バルナザールの絶対零度の視線が、レオンの背後で硬直している我が子へと不意に向けられた。
「私からプロテクトを切り離され、このヒト種族の『私有アセット』になる。
……それは、誇り高きバルナザールの因子を持つ者として、死よりも惨めな隷属だと思わないか?」
ヴァルプスの肩が、びくりと跳ねた。彼はレオンの背後から一歩踏み出し、黄金の瞳を見つめ返す。その双眸には、恐怖と、過剰摂取した魔力による狂乱が不穏に混ざり合っていた。
「……閣下。……ボクは、最初から惨めですよ」
ヴァルプスは、震える手で自身の胸元をなぞった。
「……この契約者は、ボクが壊れることまで収支計画に組み込んで、その上で『絶対に壊させない』と、本気で計算を狂わせてくるんです。
……そんな変態的な方に仕える方が、ボクにはお似合いだ」
ヴァルプスは、レオンの頭部を見下ろした。
レオンがヴァルプスを振り返り、その時だけ嫌そうな顔をしてからヴァルプスの手を握る。
「私は変態じゃ、ない」
その瞬間、足元の影のエラーノイズが完全に消失した。
レオンの冷徹な理性が、ヴァルプスの献身と──システム上で完全に「同期」した。
「……ふむ。同期率300%オーバーか。
確かに、今の君たちを切り離すのは、黄金をドブに捨てるようなものだな」
バルナザールはため息混じりに椅子を鳴らし、契約を物理的に上書きする魔導具ペンを手に取った。
「いいだろう、レオン。
君の言う通り、私は『配当だけを待つ株主』になってあげよう。
だが忘れるな。……損失が出た瞬間、私は君たち二人を、まとめて損切りする」
バルナザールが、ホログラムの認可証に鋭いサインを刻み込む。
ヴァルプスの足元を縛り付けていた本社のシステムログが完全に消滅し、新しい【レオン・ド・ラ・ノワール個人事務所】の専用認証コードが、二人を包み込んだ。
※2026/05/24 大幅修正をしました。




