『破滅の契約、あるいは孤独な支配者』②
第2部:黄金の取引
悪魔界のビジネスディストリクトの象徴、グランド・ゼロ・パレス。
天を衝くような黒真珠色の外壁は、現世のいかなるメガストラクチャーよりも、峻烈にそびえ立っていた。
自動扉が音もなく滑ると、そこは重力すらも均質にコード化された無機質なロビーだった。
行き交うのは、仕立ての良いスーツに身を包み、感情を数値化したホログラムを浮かべたエリート悪魔たち。彼らの「最適化」こそが絶対的正義である空間に、現世の強欲と血の香りを僅かに纏ったレオンとヴァルプスが足を踏み入れる。
「……相変わらず、酸素の足りない場所だな」
レオンは表情を変えぬまま、受付の魔導センサーに入館証をかざした。
『認証:被管理体レオン・ド・ラ・ノワール。及び、権限保留中のヴァルプス』
無感情な電子音が、静謐なロビーに鋭く鳴り響く。周囲の悪魔たちの視線が、一瞬だけ「償却処分寸前のジャンク(備品)」を見るような侮蔑で二人を刺した。
「レオン、見てください。
あっちのレセプションの目。ボクが解雇になるかどうかに、今期のボーナスを賭けてる顔ですよ」
ヴァルプスがおどけて耳打ちするが、その足元の影は、ビルの強力なグリッド(魔力供給)に共振して激しいエラーノイズを散らしている。
レオンはヴァルプスの腕へ、有無を言わせぬ一定の圧で手を置いた。
「余計なタスクにリソースを割くな、ヴァルプス。
……今の私の『損益分岐点』は、君の影を無事に現世へ持ち帰ること一点に絞られている。
それ以外は、すべて減価償却すべきノイズだ」
「……厳しい経営判断だなぁ。
でも、その無機質さ、今のボクにはちょうどいいかもしれません」
二人は、専務執務室直通の高速エレベーターに乗り込む。
加速する重力の圧迫の中で、レオンは懐の魔導タブレットに指を這わせた。そこには、数千人の絶望をクレンジングして精製した最高純度の魔力と、現世のシェアを独占しつつある驚異的な時価総額(ROI)が、青白い光を放っている。
「情」も「慈悲」も、ここではコモディティ(通貨)にすらならない。それを誰よりも骨身に染みて理解しているのは、かつて騎士と呼ばれた男だった。
最上階。重厚な黒檀の扉が開くと、そこには広大な宇宙のようなバックスクリーンを背に、巨大なデスクに座る「システムそのもの」──バルナザール専務が、傲然と待ち構えていた。
「……アポの時間通りだな、レオン・ド・ラ・ノワール」
バルナザールの威圧的な声が、執務室の空気を一瞬にして氷点下へと叩き落とした。
※2026/05/24 大幅修正をしました。




