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1魔貨の聖騎士 ― 価値ゼロCEOと悪魔の強制執行監査契約  作者: 暮夜すと
【シーズン2:オスカル最終承認編】Q1

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第29話:『構成資産の検収(ステータス:Locked)ー01/06 7:00 執行開始』


※ヴァルプスはレオンの管理官です。


※レオンはいま計画が上手く進んでいると確信しており、とても満足しています。



第1部:構成資産の夜明け



一月六日 午前七時


【レオン・ド・ラ・ノワール事務所】


暖房が安定稼働に入る前の朝。

レオンは、ディスプレイの青白い光を唯一の照明として、鋭い打鍵音を響かせていた。

画面には、叔父オスカル宛のメールが表示されている。


ーーーーーーー



件名: 一月六日 始業のご報告


叔父上

新年のご挨拶が遅れ、失礼いたしました。

先ほど午前七時、事務所の全システムを再開させました。

休みといっても、A.I.D.Aの演算を止めれば二月の本決算に響きます。

結局、休暇中も数字ばかりを追いかけておりましたが、おかげさまで運用益は前年比+0.42%を維持できております。

私にとっては、この数字の安定こそが何よりの休息です。


今期はアメリアのガバナンスを一段階引き上げ、叔父上の資産をより「盤石な檻」の中へ収める準備をしております。

十五日には、将来のコストを大幅に削るための「DPA計画」という、私なりの決算対策を提出いたします。これは、叔父上のポートフォリオから「私という個人の不確定要素」を完全に排除するためのものです。


私は、叔父上のためだけに機能する、最も効率的な構成資産であり続けたいと考えております。

今年も、私のすべてを叔父上の利益のために捧げる所存です。


CEO レオン・ド・ラ・ノワール


ーーーーーーー



冷静で、丁寧で、完璧に従順な文章だ。


一見すれば、ただの始業報告。

だがその実態は、彼自身を「意志なき構成資産」として再定義するための、完成予想図だった。


「……よし」


独り言のように呟き、数値を確認する。

予測値を、あえて0.42%に下げた。


これでいい。

突出しない。逆らわない。

オスカルの視界に映るのは、「自分の手のひらで静かに回る、扱いやすい歯車」だけでいい。


送信ボタンに指をかける。

硝子板を叩くと、文字列が青白い燐光となって弾け、鋭い風切り音とともに消えた。


――完了。


レオンの胸の奥に、凪のような静けさが広がる。

思わず、ほんのわずかに口元が緩んだ。

冷めた珈琲を、さも上等なワインのように一口啜って息を吐く。


次はヴァルプスだ。

余計な感情を挟ませない。徹底的に事務的に。

それが彼を守る、最適解――。


その瞬間、背後から気配もなく、重みが降りてきた。


厚手のカシミア・ブランケット。

肩に触れた拍子に、ヴァルプスの指先が一瞬だけ、項をなぞる。


「……っ」


二日の朝に浴びた、あの熱。

思考より先に、背筋が反応する。


「レオン。珈琲、冷めてますよ」


低く、穏やかな声。

かつての無垢な子供ではない――今は、容易に自分を包み込めるほどに成長した青年の声だ。


(……違う。寒さだ。

早朝の冷気による血管収縮。そういう生理反応だ)


レオンは即座に視線を前に戻す。


「……ブランケットは不要だ。室温は十九・五度。

それに、今の私は最適状態にある」


淡々と、切り捨てるように言ってから、間を置かず続けた。


「事務連絡だ。今日、顧問に“鍵”を渡す」


ヴァルプスの気配が、わずかに変わる。

空気が張りつめたのを、レオンは数値として認識した。


「満期用だ」


それ以上は説明しない。

椅子を回し、見上げる形で青年の瞳を正面から捉える。


「中身は空だ。

――だが、そう見せる必要はない」


口元に、冷えた笑みを貼りつける。


「顧問の前では、奪われた顔をしていろ。

悔しそうなほど、都合がいい」


短い命令。

理由も、結果も、語らない。


「……これは仕事だ」


ヴァルプスは黙っていた。


「……理解したな」


その沈黙を、レオンは「了解」として処理する。


だがその奥で生まれたものが、ただの演技では済まないことに――レオンだけが、まだ気づいていなかった。





第2部:怪物システムへの同期



一月六日 午前八時


執務室は、すでに完全な稼働状態に入っていた。

人の不在を想定した照明が天井から均一に落ち、影という影を曖昧に溶かしている。

空調は設定通り、十九・五度。

低く、一定の駆動音だけが、室内に脈拍のように流れていた。


ヴァルプスに「事務連絡」を終え、必要な伝達はすべて完了した――そう判断したレオンは、再びメインモニターへと身体の向きを戻す。

椅子がわずかに自動調整され、座面が静かに彼の体重に追従した。


次の工程は、アメリアの意思決定アルゴリズムへの「随時更新」。


「よし……アメリア。今日の私の『判断』を、すべて君に預けるよ」


レオンは躊躇なく、同期ボタンに指を置いた。

思考プロセス。

リスク算定。

優先順位の付け方。

そして今この瞬間の、「冷徹な自分」。


それらすべてのログが、巨大インフラへと流し込まれていく。


(ふっ……。これでまた一歩だ。

十月十日、私がこの世からログアウトしても。

彼女は私がいなくても私と全く同じ最適解を導き出せるようになる。

完璧なバックアップだ)


画面中央の進捗バーが、無音のまま伸びていく。


90

95

ー100%


完了を示す表示が出た瞬間、室内のどこかで微細なリレー音が鳴った気がした。

レオンは満足げに、薄荷のタブレットを一粒、噛み砕く。

舌に広がる刺激を、味としてではなく、覚醒信号として処理する。


彼が自分自身の破片を一つずつアメリアへ流し込むたび、そのシステムが「レオン無しでは呼吸もできない怪物」へ変質していくことも、その更新ログ――愛の痕跡が、裏で静かに収集され、一魔貨で取引されるリストに加えられていることも、今の彼には見えていなかった。

そう、モニターに映る進捗ログの末尾に、彼が意図しない微小な通信(Ping)が混じっていたことも。


レオンは、完璧な戦果を手に、執務室のドアへ手をかける。


「顧問に会いに行こう」


メインモニターの白光が、変わらず彼を照らしている。

部屋は、彼がいなくなった後のことすら想定したまま、黙々と働き続けていた。






第3部:検収:毒飴のフルコース



一月六日 午前九時半


バルナザール・キャピタルの特別応接室。

そこには高価な香気と、張り詰めた殺気が混じり合っていた。


重厚なマホガニーのデスクを挟んで座るバルナザールは、獲物を待つ巨大な蜘蛛のようにレオンを、そして背後に立つヴァルプスを眺めていた。


レオンはあえて、ヴァルプスの視線を無視した。

今、背後に立つ従者の赤い瞳を思い出せば、自分の「凪」が崩れてしまうと本能で理解していた。

ここは、レオンが構築した無機質なロジックの檻が、最も無力化される場所だ。


「顧問。……これが、約束の『鍵』です」


レオンは優雅な所作で、黒檀の小箱を顧問――バルナザールの前に差し出した。


「ほう……。わざわざ私のために、直接手渡してくれるのかい? レオンくん」


レオンの眉が微かに動く。だが、彼は逃げない。

これもまた、十月十日の自由を買い取るための「必要経費コスト」だ。


(顧問、貴方がこの鍵を回した瞬間、全資産はヴァルプスへ移転され、あなたは空の殻を掴むことになる)


レオンの内心は、勝利の確信で満ちていた。

レオンは少しだけ瞳を潤ませるような、計算し尽くされた「従順な笑み」を浮かべてみせた。


「……当然です。私を預ける相手を、疎かにはできません。


 顧問。一点、実務上の確認を。

メールに記した3.5%のリワードですが、当然ながら『月次の資産保全状況』に基づき、毎月分割で執行します。

もし十月までの間に、私という資産に『不測の事態(外的干渉)』が生じ、DPA計画の完遂が危ぶまれた場合、その瞬間に預託は停止されます。

 ……ご理解いただけますね?」


「ふむ」


バルナザールが、その大きな手で小箱を受け取る。

その際、バルナザールの剥き出しの指先が、レオンの指に執拗に触れる。それは単なる接触ではなく、レオンが必死に構築した「事務的な防壁」を、本能という名の暴力で指先一つでこじ開けようとする行為だった。


「……これが君か。重いね。君の人生の重さというよりは、君が隠そうとしている『重さ』だ」


バルナザールは、箱の中のダミー回路を一瞥し、すべてを理解したように低く笑った。


「気に入った」


バルナザールは小箱を心臓の上に当て、金の目を煌めかせてレオンを見つめる。


彼にとって、鍵が本物か偽物かはどうでもいいことだった。


かつて彼が逃した理性の象徴からは得られなかった「嘘をついてでもバルナザールを自分の元に繋ぎ止める」という甘い執着。

それが目の前の若者から差し出された。その事実だけで、いまは十分すぎるほどの価値がある。


「……サリクスより脆く、ヴァルプスより気高く、私を愉しませてくれる」


幾色もの毒飴を煮詰め、どろりとさせたような感情を舌の上で転がしながら、バルナザールは目を細めた。


「……君という男は、自分の価値をこれっぽっちも理解していないところが、最高に……『食べ甲斐』がある」


(ああ、ヴァルプス。お前が心酔するこの男を、私が支配してやろう。

それこそが、お前に私がしてやれる、唯一の『支配の代行』だ)


バルナザールは、ヴァルプスを一瞥する。

ヴァルプスは拳を握りしめ、赤い瞳をレオンの背中に向けて、憎悪と独占欲で震えていた。


「レオン……」


背後のヴァルプスから放たれる、空気を軋ませるほどの殺意。

レオンのバイタルデータは「生命の危機」を警告して心拍を跳ね上げているが、レオンの脳はそれを「優秀な部下を持った誇らしさ」というバグまみれのパッチで上書きし、満足げに微笑んだ。


(素晴らしいなヴァルプス。君はなんて名優なんだ。

これなら顧問も、この鍵が『本物』だと信じて疑わない)


「……十月十日、私が君をどう『検収』するか。今から楽しみで仕方ないよ」


バルナザールが囁く。

その言葉は、検収などという生易しいものではなかった。


生きたまま逃げ道を塞ぎ、魂の最後の一滴までを自分のものとして囲い込むという宣告だった。


「……さて。調印ギフトは済んだ。」


レオンは、自分に向けられた二つの「執着」が、すでにロジックを食い破る猛火となっていることに気づかず、爽やかに立ち上がった。


自分が勝ったと思っている「ビジネス」の盤面の下で、感情のデッドロックという底なし沼に足を取られていることも知らずに。





第4部:閉じた回路の「Approved」



一月六日 午後二十三時


「A.I.D.Aアイダ、今日の全タスクを完了した。

叔父は満足し、顧問は餌を食い、ヴァルプスには周知済み。

……完璧な、事務処理だったな?」


『……演算終了。問題ありません』


「……問題ない。計算の不確定要素は、十月の消滅と共にゼロになる」


レオンは重い瞼を閉じ、自分の脳に流れる電子の海に身を委ねた。

自分の指に残る顧問の熱も、背後に立ち込めるヴァルプスの暗い気配も、すべては一時的な「キャッシュ(一時ファイル)」に過ぎない。


「ああ……私は、上手くいっている……」


眠りに落ちたレオンの指先が、力なく机から滑り落ちる。


その瞬間、静寂に満ちた執務室で、『A.I.D.A』のホログラムが翡翠から不穏な深紅へと反転した。

闇の中から音もなく現れたヴァルプスが、主人の座る椅子の背後に立ち、その冷えた首筋に大きな手を添える。


『警告:個体"V"による特権アクセスを検知。

プロトコル"消滅"を上書き(オーバーライド)しますか?』


ヴァルプスは、眠るレオンの耳元で、青年へと進化した低い声で囁いた。


「……許可(Approved)だ」



――十月十日まで、あと二百七十七日。



※本作は、noteにて先行公開していた記録ログのアーカイブ版です。

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