第26話:『氷の微笑とガラクタの所有権ー01/01 00:01 執行開始』
第0部:バルナザールからの『初夢』
一月一日、午前零時一分。
止まったはずのモニターが、一瞬だけ「赤」く明滅する。
バルナザールからの、新年最初のメッセージ。
『素晴らしい資産運用だ、CEO。
……いつまでその心臓が保つか、賭けをしないか?』
--
第1部:武装の儀式
一月一日、午前六時。
百八つの鐘が鳴り止み、世界が「新年」という名の偽りの希望に酔いしれる頃、不夜城の主は一睡もせぬまま、鏡の前に立っていた。
目の下には、数日間の不眠が刻んだ深い隈。だがその瞳は、限界を超えた疲労の先にある、異常なまでの透明感を帯びていた。
「主さま……せめて、あと一時間だけでも……」
ヴァルプスが泣き出しそうな声で、震える手でシャツの襟を整える。
レオンはその震えを無視し、顎を上げて「鎧」を纏う作業を促した。
「儀礼だ、ヴァルプス。休めば、そこから食い殺される。……カフスを」
ガチリ、と硬質な金属音が響く。 それは新年の装いを整える音ではなく、銃の安全装置を外す音に似ていた。ヴァルプスが締め直したネクタイのノットは完璧で、レオンの喉元を「忠誠」という名の鎖のように締め上げる。 レオンは鏡の中の自分に、冷徹な管理者の仮面を貼り付けた。
(……十月十日まで、あと二百八十二日。
叔父上の『最高値』を、私が確定させる)
--
第2部:値踏みの朝食会
一月一日、午前八時。
高級ホテルの最上階スイート。
窓の外には初日の出が輝いているが、室内に漂うのは珍味の香りに混じった、「金」の匂いだった。
「年末からの推移は順調だ。評価額は、予想よりも良い」
叔父オスカルは、優雅にシャンパングラスを傾けながら、最新のウォレット画面をレオンに突きつけた。そこに並ぶ桁違いの数字は、叔父にとっての「正義」であり、レオンという人間を買い取った領収書でもあった。
「春には、さらに伸びる見込みだろう。
私の管理下にある資産としては、期待している」
「……謹んで新年のお慶びを申し上げます、叔父上。
ポートフォリオは予定通り『発酵』しております。
四月には、想像を超える収穫をお約束しましょう」
レオンは氷のような微笑を浮かべ、深く頭を下げる。その脳内では、自律型精霊演算回路(AIエージェント)が弾き出した破滅へのカウントダウンが静かに進んでいた。
「昨夜は遅くまでご苦労だったな、CEO。
新年の挨拶にしては、君の修正案は少々数字が尖っていたよ」
隣に座る特別顧問、バルナザールが、氷を溶かすような粘りつく視線でレオンを射抜く。
叔父の知らない「二人だけの残業地獄(嫌がらせ)」をエサに、バルナザールはレオンの余裕を削り取ろうと試みる。
三割の資産を凍結された恨みを、新年の祝杯に毒として混ぜ込むように、バルナザールは優しく微笑んだ。
「顧問のお導きがあってこそです。
……叔父上、本日もアメリアの出力は安定しております。一千万人の祈りが、今この瞬間もあなたの資産を膨らませている」
「あぁ……悪くない朝だ」
上機嫌で笑う叔父。その背後で、バルナザールの金とレオンの青の視線が、火花を散らして交錯する。
一人は何も知らず、一人は疑い、一人はすべてを葬ろうとしている。
シャンパンの泡が静かに弾ける音だけが、この「地獄の新年会」の唯一のBGMだった。
--
第3部:葬儀への招待状(01/01 09:30)
一月一日、午前九時半。
サロンを後にし、独り魔導昇降機に乗り込んだレオンは、貼り付けていた仮面をゆっくりと剥がした。
魔導端末に自律型精霊演算回路(AIエージェント)からの通知が届く。
『資産純増 +4.2%(元旦高負荷取引 正常終了)』
アメリアの生存を示す、微かな魔力信号が暗号となって画面を過ぎる。
レオンは冷えた外気に触れながら、ホテルのエントランスで待機していたヴァルプスに歩み寄った。
「お疲れ様です……レオン」
寄り添うヴァルプスの肩を、レオンは一瞬だけ、力強く抱きしめた。
遠く不夜城を見上げ、誰に聞こえるでもない声で囁く。
「叔父上……」
氷のような青い瞳が、新年の光を反射して輝いた。
※本作は、noteにて先行公開していた記録ログのアーカイブ版です。




