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1魔貨の聖騎士 ― 価値ゼロCEOと悪魔の強制執行監査契約  作者: 暮夜すと
【シーズン2:オスカル最終承認編】Q1

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第25話:『不夜城の除夜:偽証の代償ー12/28 22:00 執行開始』

第1部:嵐の前の静けさ



十二月二十八日、二十二時。


執務室の窓の外では、年末の街が浮かれたイルミネーションで揺れている。だが、厚い遮光カーテンに仕切られたこの部屋は、死後数百年が経過した墓標のように静まり返り、ただ無数の端末が発する青白い光と絶え間ないPing音だけが、メスのように鼓動を刻んでいた。


「……顧問、その特約事項の修正は三分前に終わらせました。

次のPing(催促)を打つ指を止めていただけませんか?」


独り言のようなレオンの声は、それ自体が凍結した記録媒体のようだった。睡眠時間はマイナス四十八時間を突破し、網膜にはいくつもの未処理ログが焼き付いている。虚ろに光る青い瞳が、端末の海を冷徹に貫き、叔父オスカルを破滅へ追い込むための「偽の導線」を一行ずつ編み上げていく。その横で、ヴァルプスが小さく震える手でログを監視していた。


「レオン……心拍数が低下しています。これ以上の並列処理は負担になります」


「……わかった」


レオンは机の引き出しから、小さな革の小箱を取り出した。中には、昨日アメリアの頬から零れ落ちた、淡く紫色に輝く『涙の結晶』が収められている。彼はその結晶を指先で転がし、熱を帯びた掌へ押し当てた。

結晶が肌に触れた瞬間、抽出されたアメリアの純粋な魔力が毛細血管を通じてレオンの脳へ直接的に強く流れ込む。


――ドクン、と心臓が一度、大きく跳ねた。


それは安らぎという名の「共食い」だった。

アメリアから奪い去った悲しみで、自らの崩れそうな理性を強引に繋ぎ止める。彼女の涙がレオンの神経を焼き、同時に至福の冷却剤となって、オーバーヒート寸前の思考回路を再起動させる。


なにか言い出しそうな雰囲気のヴァルプスを感じたレオンは、彼の右手首を軽く掴み、魔力探知で精神的過負荷が流れていないことを確認した。そしてそっと、ヴァルプスの手のひらの上に結晶を置き、ゆっくり握らせる。


「お前も握っておきなさい……ほら、落ち着くだろう?」


ヴァルプスは小さく息をつき、結晶の温かさにほんの少しだけ安堵する。

目を細めるレオンの姿は、冷徹なCEOというよりも、聖女の生き血を啜って生き永らえる悪魔のそれだった。


「ヴァルプス、作業を続ける。三十日の朝までに、マルヴェイへ渡す『穴』をすべて完成させたい」


再び端末へ向けられた視線には、アメリアの涙による「背徳の覚醒」が宿り、さらに冷たく鋭い光を放ち始めた。



--




第2部:地獄の事務センター



地下深くに位置する事務センター。そこは、地獄の業火よりも冷ややかな「書類の墓場」だった。

薄暗いフロアに響くのは、規則的な印鑑の打突音と、マルヴェイの愉悦に満ちた低い声だけ。時折、整理の追いつかない書類が束になって雪崩れ、足元で硬質な音を立てて跳ね返るのが、この地獄の微かなBGMだ。


「……ねぇ、この帳簿の『一魔貨』の出所がそんなに気になるのかい?」


マルヴェイは、ベルフェゴール局から派遣された役人の喉元に、塗りたての黒い爪をそっと這わせた。

役人の顔は土気色に染まり、眼鏡の奥の瞳は恐怖で泳いでいる。通信精霊が彼の肩で不吉に鳴き、煤けた羽をはばたかせた。


「調べてもいいけれど、その代わり、君の寿命も一緒にハックしてあげようか。君が明日、心臓を動かすために必要な『権限』を、今ここで書き換えてあげる。

『君は百年前、すでに退職(死亡)している』という記録を過去に遡って確定させれば、もう二度と仕事をしなくて済む――文字通り、存在ごと消滅できるよ?」


「け、検閲完了です! 即座に承認します!」


震える手で乱打される公認印。

通信精霊の羽毛と紙吹雪が、狂った祝祭のように舞う。


レオンは、執務室に設置した隠蔽魔導モニター越しにその様子を横目で確認しながら、一切の淀みなくペンを走らせていた。


自律型・精霊演算回路エージェントによる二重帳簿の自動照合は、すでに数秒前に完了を告げている。

マルヴェイという「致死性のスパイス」が外部の雑音をすべて物理的に黙らせる中、法的トンネルは誰にも気づかれぬまま音もなく開通していく。レオンは下唇を親指で押し上げ、何度も資料を見返していたが、ふと机の下に視線を泳がせた。


「自由」という名の極夜に放り出されたはずのヴァルプスは、レオンの足元にうずくまり、充血した目で監視ログの奔流を追い続けている。


「……ヴァルプス、寝ろと言ったはずだ。

お前の体調管理も、私の仕事の内だぞ」


レオンが突き放した物言いをすると、ヴァルプスは青白い顔で、しかし誇らしげに口角を上げた。


「……ボクを縛る鎖は、もうどこにもありません。

だから今、ボクはボクという資産を、あなたのために贅沢に使い潰したい。

……これが、対等になったボクが最初に行使する『権利』です、レオン」


ヴァルプスの手が、レオンのスーツの裾をぎゅっと握る。その指先は、目の前の男を支え抜くという暴力的なまでの自己決定に、武者震いのように震えていた。

レオンはそこで困ったように微笑んでヴァルプスに手を伸ばす。労るようにヴァルプスの頬に手を添えたところで、人の気配がした。


「あぁ……なんだか、ここだけ甘ったるい匂いがするなぁ」


マルヴェイの独り言のような声が、二人の背後から降りかかる。


「おかえり。マルヴェイ」


「……ただいま。冷酷な閣下と、健気な子犬くん」


ヴァルプスは少し不満そうにしながら端末に視線を戻す。

レオンは努めて冷静に出迎えると、マルヴェイは「自分の席」を主張するようにソファに腰を下ろし、細長い両手を背もたれの縁に絡ませた。

憑き物が落ちたように、あるいは憑き物が馴染んだように微かな疲労を滲ませるマルヴェイに、レオンは何気なく珈琲を差し出す。


「……毒は入っていないぞ」


「あれ、温度も完璧……?」


カップから立ち上る湯気に、マルヴェイが密やかに、そして驚きを孕んだ声を漏らす。レオンが自分の「好み」を指先にまで記憶させていたという事実は、どんな脅迫よりも深くマルヴェイの心根を侵食した。


執務室に響くバルナザールからの嫌がらせ通知は鳴り止まない。

マルヴェイは満足げに珈琲を啜りながら、空いた手で端末を叩き、その不協和音を次々と無効化していく。やがて、痺れを切らしたバルナザールが、隣の作業室の扉を「物理的に」蹴破って現れた。


「貴様ら! 私を無視して何の相談だ!」


マルヴェイが立ち上がり、優雅かつ毒のある口調で静かな口論を始める。Ping音と罵声が、雑音に溶けた。レオンはそれを合図に、ヴァルプスと作業内容を確認しながら再び万年筆を握り直す。自分を囲む「狂信者」たちの熱と、珈琲の香りに浮かされながら。レオンは、叔父オスカルを地獄へ誘うための『最終台本』に、一切の迷いなく最後の一行を書き加えた。



--



第3部:自動化された神罰


十二月三十一日、二十三時半。


執務室の静寂を破り、レオンの魔導端末に無機質な通知が跳ねた。


『資産純増 +5.2%』


画面に踊る数字は、年越しに浮かれる世界の喧騒を嘲笑うかのように増え続けている。


レオンとマルヴェイが開発した自律型精霊演算回路は、休息も倫理も不要だ。


世界中のニュース、SNS、財務データ、バルナザールの秘密チャット――あらゆる情報を貪り、解析し、軍資金を安全かつ残酷に逃がす。アメリアの聖域からの余剰魔力も、システムは冷徹に換金し資金に変える。


「……十億魔貨? いい、端数は精霊に処理させておけ」


通信相手に指示だけ投げつけて、レオンは画面に視線すら向けず、端末基盤を叩く。


金、情報、法、そして他者の感情。そのすべてを自動制御下に置いたレオンは、もはや一企業のCEOではなく、運命をプログラムする神の領域に足をかけていた。


--


十二月三十一日、二十三時四十五分。


放置しすぎて冷えた珈琲を啜ったあと、机の引き出しから四角錐の黒い魔法石を取り出す。四角錐の黒い魔法石を両手で覆い、瞼を震わせて目を閉じる。



■ 基幹資産『アメリア』:生体同期ログ(Vital Synchrony)


[体温:36.4℃ / 魔力残量:98.3% / 精神波形:安定]



閉じた瞼の裏に映るアメリアのログは、無事を知らせている。


アメリアは今や「人類共有のエネルギー源」だ。

一月一日、世界中の人々が「新年の祈り」を捧げ、魔力消費がピークに達する。今頃アメリアは二四時間最大稼働で世界中に魔力を供給する「ハブ」として、施設の奥で光り続けている頃だろう。レオンの任務はインフラの管理者として、アメリアの「出力」が安定しているか、投資家たちに「新年の安定稼働ログ」をリアルタイムで配信し続けなければならない。


--


十二月三十一日、二十三時五十九分。


除夜の鐘が鳴り響く直前、端末を操作し続けていたレオンは一瞬だけ手を止め、アメリアの「瞬きの暗号」を受信する。瞬きのように明滅する端末の光。


――『私は、ここにいる』


短くも確かな生存報告。レオンも同じく隠しログを送信した。


(……アメリア。あと一分で、私たちの『嘘の新年』が始まる)


レオンが深く椅子に背を預けると、すぐにヴァルプスが気遣うように寄り添った。ヴァルプスはレオンの手を、自分の両手で包み込む。


「レオン……おめでとう、ございます」


ヴァルプスが掠れた声で囁き、縋るように力を込めた。自由を得たこの地獄の年末を、レオンの側で生き抜いたのだという確信に、ヴァルプスの顔はすこしの不安と、誇りが滲んでいた。


「……ああ。 おめでとう、ヴァルプス」


自律型・精霊演算回路は金を稼ぎ続け、書類は完璧に整理された。そして叔父を葬るための舞台装置が確実に整いつつある。


午前零時。新たな年の幕開けを告げる鐘の音とともに、レオンの「地獄の年末」は幕を閉じる。


バルナザールからのpingが一瞬、止む。


「除夜の鐘の音さえ、新たなシステムの稼働音にしか聞こえない……」


繋いだ手の温もりを離し、レオンはゆっくりと立ち上がった。


その顔には、数日間の疲労を微塵も感じさせない、狂気のような透き通った笑顔が浮かんでいた。



「さて――仕事、しようか」





■チェックリスト

[ x ] 叔父オスカルへの「第1配当(バルナザールの資産毀損)」の最終報告書作成

[ x ] ヴァルプスの身分証書き換えに伴うコンプライアンス(法令遵守)の穴埋め。




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