表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『1魔貨の聖騎士 ― 自分を1魔貨と定めたCEOを、悪魔は契約で管理する』  作者: 暮夜すと
【シーズン1:バルナザール決算編】Q1

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/315

『無償の束縛』②

第2部:触れられぬもの


 薄闇の中、雪がしんしんと降り積もる山道を歩きながら、レオンは手袋を嵌めた手で、宝石姫の細い手首を壊さないよう慎重に掴んでいた。

 宝石姫の足元は雪に埋もれ、歩くたびにわずかに揺らぐ。それでも彼女は、言葉を持たないまま前へ進んでいく。視線はずっと、どこか遠くへ逸れたままだった。


「無理をしないで」


 レオンは声をかける。その響きは優しいというより、距離を測るための確認に近かった。


「疲れたら、止まっていい」


 宝石姫は小さく頷く。ただ、それが同意なのか習慣なのかは分からないまま、足は進み続ける。

 手首を通して伝わる冷たさが、彼女の体力を少しずつ削っているのをレオンは感じていた。けれど、それを止める言葉は持っていない。


 やがて雪に覆われた岩が崖上から転がり落ちる。

 レオンは反射のように宝石姫を庇い、その視界を背中で覆う。

 同時に、横から衝撃が割り込む。

 ヴァルプスがそれを受けた。重さを殺しきれず、雪の上を転がる。


「ヴァルプス!」


 呼び声に応えるように、彼はすぐに立ち上がる。泥と雪に濡れた腕を一瞬だけ隠し、それから何事もなかったように笑った。

 その笑い方が、少しだけ歪んでいた。


 レオンは何も言わず、そのまま歩き出す。

 どこへ向かっているのかは、もう重要ではなかった。

 風が強くなり、山道の輪郭が曖昧になるころ、小さな山小屋が見えた。

 避難所だと分かる黄色い旗が、雪の中でかろうじて揺れている。


「……あそこに入ろう」


 宝石姫は頷き、足を引きずるようにして歩いた。

 扉を開けると、風の音だけが一気に遠のく。


 静寂が落ちる。


 木の壁、古い家具、湿った空気。そこには誰かが生きていた痕跡だけが残っていた。

 レオンはまず宝石姫を暖炉の前に座らせる。薪を拾い、暖炉へと運んだ。

 乾いた木を組み、火打ち石を打つ。

 

 火花が落ちる。

 暖かさが、少し遅れて広がった。

 宝石姫は火の前で目を閉じている。

 レオンは毛布を取り、彼女に渡すと彼女はそれを受け取り、何も言わずに体に巻きつけた。

 ようやく息が深くなっているのが分かる。

 

 レオンは周囲を整えながら、無意識にヴァルプスの方をちらりと見た。

 ヴァルプスは少し離れた場所で、静かに靴を脱いでいた。

 光が届きすぎない位置。

 そこにいるのは、避けているのか、選んでいるのか分からなかった。


「さっきは……ありがとう」


 言葉は自然に出たが、途中で少しだけ途切れた。

 礼を言うことが正しいのかどうか、その判断が遅れている。

 ヴァルプスは顔を上げる。


「守りたいだけです」

 

 即答だった。その速さに、少しだけ救われるような、同時に重くなるような感覚が混ざる。

 レオンは視線を落とした。


「……お前がそうしたいなら、それでいい」


 そう言ってから、自分でもその言葉がどこに向かっているのか分からなくなる。

 肯定でも拒絶でもない。ただ、形だけが残った。


 ヴァルプスは一瞬だけ黙る。そして、静かに続ける。


「それでも、ボクはここにいます」


 その言葉に、意味はついていない。ただ、事実として置かれたまま、空気の中に沈んだ。


 レオンはそれ以上、何も言わなかった。

 暖炉の火が揺れる。

 揺れているのは火なのか、それともこの関係なのか、もう区別はつかなかった。

 ただひとつだけ分かるのは、このままでも、まだ歩けてしまうということだった。



※2026/05/22 大幅修正をしました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ