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『1魔貨の聖騎士 ― 自分を1魔貨と定めたCEOを、悪魔は契約で管理する』  作者: 暮夜すと
【シーズン3:Q1バカンス編】

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『感情の添付ファイル(アタッチメント・ログ)』④

第4部:外部熱源の感知ホット・スポット



 ほどなくして運ばれてきた料理を、二人は覗き込んだ。

 鉄鍋の中で音を立てるスープの熱気が、彼等の頬を撫でる。


 レオンはヴァルプスが取り分けてくれたスープを味わい、チーズや甘芋をひとくち齧っては、それをバターの染み込んだパンと、冷たい炭酸水で追いかけた。 

 ヴァルプスは、たまに端末に視線を走らせつつ、料理を淡々と平らげていく。食事というよりは冷えた肉体にエネルギーを補給するような無駄のない動作だったが、レオンが香りや味の感想を零すと直後に彼も同じものへとフォークを伸ばし、簡潔な同意を告げた。

 

 皿の上をあらかた片付けた頃、店員が新たな料理を乗せた盆を運んできた。

 テーブルの中央へ据えられたのは、彼らの顔よりもひと回りほど巨大な、円錐形の焼き菓子だ。晶嵐山脈の険しい峰々を模したという、荒々しく盛り上がった黄金色の生地。その表面には万年雪に見立てた白いパールシュガーがたっぷりとまぶされ、窓からの薄日の下で、川辺に落ちた玉石のようにきらきらと輝いている。


 店員が慣れた手付きでナイフを入れると、静かな店内に硬く繊細な音が響いた。刃先が中心へ達した瞬間、閉じ込められていた熱い湯気が一気に溢れ出す。

 焦がしバターの香ばしさと、そこに絡みつく甘酸の芳香が、強烈な誘惑となって二人の鼻腔をくすぐった。

 切り開かれた断面からは、熱でとろけた小粒の果実が、深い赤紫色の果汁を滲ませている。店員は切り分けた生地を石皿に手際よく移し、冷たく泡立てられた白いクリームをぽってりと添え、二人の前へとそれぞれ差し出した。

 それから、一礼して静かに告げた。


「お待たせいたしました。こちら、晶嵐ブルーベリー入りのトゥルト・クリスタランでございます。

 焼き立ての温かい生地に、冷たいクリームをたっぷり絡めてどうぞ。ごゆっくりお召し上がりください」


「……ありがとう」


「ありがとうございます」 


 店員が下がったあと、ヴァルプスの視線は、まるで貴重な魔導書を鑑定するかのようにその断面へと注がれていた。いつもは理知的な彼の切れ長の目が、ほんのわずかに、嬉しそうに細められたのをレオンは見逃さなかった。

 レオンは、新しく運ばれてきたハーブティーのカップに両手を添えた。立ち上る薄い湯気の向こう、ピントが結ばれた彼の顔には、どこか微笑みが混じっている。


「……思ったより、大きいな」


「ええ」


 ヴァルプスは視線を焼き菓子に固定したまま、思いのほか滑らかな口調で応じた。


「元々は山を越える旅人や羊飼いたちの携帯食だったそうです。ただ、この店のは別格という評判です。水分を抑えて長持ちさせる伝統の製法を守りつつ、とても味わい深く仕上げているのだとか」


「ほう」 


 ヴァルプスが興味深そうに相槌を打つのを聞きながら、レオンは自身の分のひときれをフォークで切り分け、口へと運んだ。

 パールシュガーの硬さと、生地の柔らかさ。その相反する食感を舌で味わい、次いで押し寄せたブルーベリーの鮮烈な酸味――それを容易く包み込む、焦がしバターと蜂蜜の主張に、レオンは僅かに眉を寄せた。 


(とても、甘い)


 レオンはたまらずハーブティーを一口含み、糖分で麻痺しかけた舌を温かい苦味で宥めた。

 つい栄養素を計算してから、いつものように分析結果を言いそうになった。だが、眼の前の男がずいぶんと柔らかい顔をしてそれを口に運ぶものだから、レオンは言葉を飲み込み、黙って生地をフォークで突いた。

 ――そして、ふと手元のフォークを止め、ゆっくりと視線を上げる。


「……ヴァルプス」


「なんでしょう」


「おいしい?」


「ええ。あなたは」


「……確かに、これはここまで登ってくる価値がある」


「そうですか。それは、よかったです」


「……うん」


 ゆっくりとだが確実に食事を続けるレオンの動作をしばらく見守った後、ヴァルプスは窓の外に視線を走らせる。

 このまま何事もなく、穏やかな時間が過ぎればいい――そう思った矢先だった。


 焼き菓子の甘い余韻とハーブティーの温もりを、無機質な電子音が容赦なく切り裂く。

 鼓膜の奥、耳穴に仕込んだレシーバーから、微かな警告音とともに、途切れ途切れの音声が這い出してきた。


『……ほん、ぶ……、オオカミ2です……。今、空から、もの凄く生暖かい熱源が……レストランの北側裏手に、降下してきました……』


 ヴァルプスが窓の縁に視線を落とすと、ピンク色のジャケットを着た細身の姿が雪原を横切っていくのが見えた。


『本部へ、ウサギ2。オオカミ2の不確かな報告を確認するため、これよりレストランの北側へ回ります。……子猫レオンはそのまま席に据え置きで』


『こちらクマ3。南外周。……クマ2は現在オフ。強烈な気配プレッシャーの接近を感応。警戒を』


『クマ2だ。勤務外だが報告。対象を視認した。……竜人、それと同行者にエルフ。……なぁ本部、一杯ひっかけていいか?』


 ヴァルプスは数秒動きを止めた後、襟元に仕込んでいた小型マイクに触れた。


「全班、現位置を維持ホールド。ウサギ2、北側の偵察を中止し外周の警戒に戻れ。

 クマ2、アルコールは許可しない。……シカ2、『子猫レオン』を視界に収めつつ通常業務を継続。配置を乱すな」


『ウサギ2了解、ホールド』


『シカ2了解』


『オオカミ2了解。……寒い』


『クマ3了解』


『ケチ』


 ヴァルプスはいちど目を閉じてから、レオンを見た。レオンはまだ、ちびちびと焼き菓子を食べている。石皿の端に転がる小さなブルーベリーをフォークの先で突付きながら、何事か思考の海に沈んでいるようだった。

 

(余計な雑音を、耳に入れさせずに済む)


 その無警戒な没頭は、今のヴァルプスにとって、これ以上ない救いだった。

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