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1魔貨の聖騎士 ― 価値ゼロCEOと悪魔の強制執行監査契約  作者: 暮夜すと
【シーズン2:本決算発表会編】Q1

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『夜業の投資対効果(ディナー・リターン)』③

第3部:要求コードの暗号スシ・プロトコル


 ボナール総裁を完全に制し、銀本位取引所(ルーセント・ボード)の薄暗い隠し裏口から大型サルーンへレオンは戻った。

 ドアが閉まると同時に、外の冷たい風雨の音が消える。


 レオンは、重厚な後部座席に深く身を沈め、目元に手を当てた。役職をすこしだけ外すように瞬きを繰り返す。


「……レオン、様」


 隣でカイが声を潜めて名を呼ぶが、レオンは聞こえていないようだった。

 黒いフルフェイスマスクの奥で、カイは眉を寄せながらレオンを観察する。

 

 大型サルーンが裏口の狭い路地を抜ける。

 取引所の正面にある、普段ならエリートたちが行き交う厳格な灰色の石畳広場へと差しかかった、その時だ。

 

 ホログラムの防魔ガラス越しに、レオンの瞳が、ある「異形」を捉えた。 

 規律と冷たい霧が立ち込める二区のど真ん中。そこだけピンクやネオンブルーの派手なホログラム花火が「パチパチパチ!」と虚空に弾け、妖しく発光するマグロの幻影が優雅に回転している。 


『SUSHI "ÉTOILE-KURA"』


「あ!お寿司だ!お寿司があるよ、カイ!」 


 さっきまで取引所の総裁を相手に冷徹な交渉をしていたはずのレオンが、子供のように窓にへばりつき、極彩の色を追う。


「お寿司を食べよう! カイ」


「待ってください、レオン様!

 現在地点はルテティア銀本位取引所の監視圏内です!

 二区広場は定期的に、経済記者と魔導ドローンが巡回しています!

 いま寿司屋へ突入すると、明日の朝刊に『暴落中のCEO、寿司屋で深夜宴会』の見出しが載ります!!」


「車を停めてくれ」


 言うが早いか、シートベルトを外してドアノブに手をかけるレオンの動きに、カイが完全に素っ頓狂な声を上げた。

 インカムに指を寄せる。


『コン……ハヤテ!! 緊急事態だ!!

 対象が寿司屋へ自発的突撃を開始!!

 至急『食欲対策プロトコル』を――いやそんなもの存在しない!!』


 カイはフルフェイスの口元に触れた。

 目元を隠したまま、ロックを解除して唇を顕にする。


「レオン様!

 車外への白兵突撃は却下です!

 ……ですが、空腹状態はすでに危険域コード・レッドに到達しています!」


 カイは端末を操作しながら、護衛チームに指示を投げた。


『ハヤテ! ベータを『ÉTOILE-KURA』へ回せ!

 寿司を確保して車内へ搬入する!』


 カイはそこで言葉を区切ると、努めてゆっくりと音を発した。


「……ですからレオン様。

 お願いですから、そのドアノブを離してください」


「……わかった」


 レオンが小さく頷いて、再び座席に沈み込む。インカムから漏れ聞こえる慌ただしい声を背に、カイは小さく息を吐いた。


 ドアノブから手が離れたことに安堵しながら、カイはインカムの向こうで『ÉTOILE-KURA』の前に展開しつつあるベータチームへ追加の音声を飛ばす。


『アルファ1よりベータへ!

 ターゲット(寿司)の選定に入る。

 ……レオン様、搬入するネタのご希望は』


「……赤いやつ」 


 シートに深く背を預け、レオンが呟く。


「回転していた、大きいやつ。あと、看板にのっていた、ピンクの四角いやつ。

 ……あと炭火二〇%」


 レオンはそこから口を閉ざし、目を閉じてしまった。


 カイは唇を強く噛み締め、端末で『ÉTOILE-KURA』の公式サイトを確認する。


『…… 「炭火二〇%」とは何だ!?

 くっ……蓬莱皇国系飲食文化照会!

 コントロール(ハヤテ)、至急だ!

 ……「ピンクの四角」の正体を特定しろ。対象はすでにスリープモードに入られた』


『は?』


『繰り返す。「ピンクの四角」だ。要求コードの解析を求む』


『……新手の暗号通信か?敵の暗殺予告か何かか』


『違う。寿司だ。寿司を特定しろ!

 ……ハヤテ。おまえ、蓬莱出身だろう!』


「……」


 作戦本部のモニターに映る、レオンたちの乗る大型サルーンを窓越しに見つめながら、ハヤテはひどく乾いた声を出した。


「……お前ら、毎日これやってるのか?」


 応答はない。無視をされている。


 ハヤテは気を取り直したかのように、インカムに指を当てた。

 冷徹な武人の脳細胞を、全力で『ÉTOILE-KURA』のメニュー解析へと回す。


コントロール(ハヤテ)よりベータへ。これより対象の要求コードを翻訳する。

 赤いやつ、は「極氷温熟成・本マグロ中脂厚切り」。

 ピンクの四角は、現地メニュー表における『サーモン・オ・フロマージュ』のホログラムアイコンを指している可能性が九八パーセントだ。 

 ……それから『炭火二〇%』。これは今期限定メニュー『極魔焔焼き・燻り紅鰹』の広告文句だ。

 炭火の香ばしさが二〇パーセント向上した、とデータにある』


 ハヤテは暫し逡巡したあと、口を開いた。


『……購入は、それぞれ四つ、くらいでいいと思う。刺激物(ワサビ)は別パーツでの納品を要求しろ。

 ……念のため甘ダレ炭火焼き鳥セットを1つ、視野に入れておけ。こっちかもしれない』


 作戦本部コントロールからベータへの指示を、傍受していたカイが思わず通信に割込んだ。


『……! さすがだなハヤテ、助かる!

 ベータ!アルファ1より追加指令だ。ターゲット捕捉しろ。早急に店内へ突入し、指定の四種を最速で鹵獲しろ。

 ――待て。広場外縁のガンマチーム、聞いてるか。お前らも参戦しろ』


『……ガンマ応答。……オルカの暗殺部隊への迎撃か?』


『違う。二区広場の全経済記者と魔導ドローンの視線をジャミングで遮断しろ。

 ベータが寿司を抱えて大型サルーンに帰還するまで、三分間、一ミリの隙も作らせるな。

 ……レオン様の『寿司・コードレッド』だ。ミッションスタート』


『……寿司、か。……ふふ。ガンマ了解』


『ベータ、展開中』


 完璧な連携により、深夜のルテティアに配置された最高峰の私設軍隊が、たった数皿の寿司のために一糸乱れぬ動きで広場を制圧していく。

 無線が静かになったのを見届け、カイは大きく肩を落として隣を盗み見た。


 あれほど完璧にルーセント・ボードの総裁を射止めた『神』は、寿司が手に入ると確信したのか、シートの隅で心地よさそうに浅い寝息を立て始めている。

 ぽつぽつと降り始めていた冷たい雨が、いつの間にか本降りの激しい音へと変わり、大型サルーンの強固な防魔硝子を白く濡らし始めていた。

 深夜の大嵐が、すぐそこまで迫っている。




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