表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1魔貨の聖騎士 ― 価値ゼロCEOと悪魔の強制執行監査契約  作者: 暮夜すと
【シーズン1:バルナザール決算編】Q1

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/282

『剝がれ落ちる仮面、あるいは共犯者の夜』②

第2部:薄荷の残香、残酷な助言


 監査室の重苦しい空気とは対照的に、ラウンジは静謐な優雅さに満ちていた。

 高い天井は、夜空をそのまま切り取ったような黒真珠のドーム。そこには星の代わりに、本物の魂の破片が鈍い光を放ちながら明滅している。


 ヴァルプスが座るソファは、絶滅した魔獣の産毛で織られた最高級品だった。

 身体が沈み込むたびに微かな魔力が神経を癒やす。だが今のヴァルプスには、その心地よさがかえって「罪悪感の重み」を強調しているように感じられた。

 アリストフェルは、水晶のテーブルに置かれた磁器のカップを指先で遊ばせている。

 窓の外には地獄の赤茶けた大地ではなく、次元の狭間を流れる青い燐光の河が見えた。


「……アリストフェルさん」


 ヴァルプスが、不味いと評される魔力ソーダに浮かんだ薄荷の葉をストローで突きながら、消え入るような声で口を開いた。


「閣下が言ったこと……やっぱり、ボクが甘かったのかな。

 契約者を、レオンの純粋さを守りたいって思うのは、悪魔として間違ってるの?」


 アリストフェルは、ティーカップから立ち上る湯気を眺め、ゆっくりと頬杖をついた。


「いいかい、ヴァルプスくん。

 君はさっき専務の前で、レオンくんのことを『レオンはボクが守らなきゃいけない』と、涙ぐみながら力説していたね。

 ……あれは、本気でそう信じているのかい?」


「……えっ? そりゃあ、そうです。

 レオンは、誰よりも誠実で、ボクのわがままに困りながら付き合ってくれて……ハメられて。

 だからこそ、ボクが管理という名の盾をしっかり掲げてあげないといけません」


 ヴァルプスが必死に弁護するのを、アリストフェルはしばらく無言で見つめていた。やがて、彼は耐えきれないといった風に、肩を揺らして笑い出した。目元は黒面で覆われていてわからないが、そのぶん大口を開けて愉快そうに笑う。


「ははは……! ヴァルプスくん、君は本当に、最高の……そして最高に滑稽な『小悪魔』だね」


「……笑うことないじゃないですか。

 それにいまのボクは上級悪魔です。あの頃のボクじゃない」


「笑わずにはいられないよ。

 君はエルフという種族の寿命を、ただの数字だと思っているのかい?」


 アリストフェルは優雅な仕草でソファに背を預け、長い足を組み替えた。


「その長い年月。

 彼がどれほどの血を浴び、どれほど人間の醜悪な欲望を最前線で捌き、どれほど厚い『嘘の皮』を剥いできたと思っているんだい。

 ……そんな男が、君のような子供の悪魔に守られるほど、純粋で無垢なわけがないじゃないか」


 ラウンジの空気が、アリストフェルが放った「毒」によって一気に冷え込んだ。


「彼はね、君が自分のために一生懸命、必死になって『優しい嘘の壁』を築き上げているのを、特等席で見物しながら楽しんでいるんだよ。

 ……君がひとりで罪悪感を背負って、『ああ、ボクが彼を守らなきゃ』と使命感に震えながら尽くしてくる……その献身、その支配。

 それこそが、今の彼にとって一番の受容であり、最高級の『煉獄茶』なんだ」


 アリストフェルは身を乗り出し、呆然とするヴァルプスの耳元に顔を寄せた。

 薄荷の鋭い香りが、ヴァルプスの鼻腔を突く。


「君が『看守』を演じれば演じるほど、彼は安心して『無力な収集品』を演じられる。

 ……君は彼を閉じ込めているつもりだろうが、実は、その『檻』の中に自分から入って、君に鍵を持たせているのは彼の方だよ。

 飼い慣らされているのは、君かもしれないね? ヴァルプスくん」


 アリストフェルは、ヴァルプスのソーダに自分のお茶を数滴、悪戯っぽく滴らした。


「君の嘘こそが、今の彼にとって唯一の『生きている実感』なんだ。

 彼は君の支配を受け入れることで、初めて自分の空虚を埋めているのさ」


「そんな、こと」


「まあ、これは私の勝手な推測ということで」


 アリストフェルは、立ち上がり際にふと足を止めた。窓の外の燐光の河ではなく、ヴァルプスの影を見て、低く呟く。


「……まあ、安心したまえ。

 君が本当に壊す側なら、専務は君を叱らない。何も言わずに、回収している」


 一拍置いて、いつもの薄笑いを浮かべた。


「叱られたということはね。君はまだ社員だ。

 ――それだけは、覚えておくといい」


 そして、何事もなかったように去っていった。


※2026/05/29 大幅修正をしました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ