↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『1魔貨の聖騎士 ― 自分を1魔貨と定めたCEOを、悪魔は契約で管理する』  作者: 暮夜すと
【シーズン1:バルナザール決算編】Q1

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/362

『剝がれ落ちる仮面、あるいは共犯者の夜』③

第3部:聖域の陥落


 扉を開けた瞬間、部屋に満ちていたのは暖炉の温もりではなかった。冷たく鼻腔を刺すような――アリストフェルがラウンジに残した毒そのものである、薄荷の香りが澱のように沈んでいた。


「……おかえり、ヴァルプス。今日も遅かったね」


 影の中から響くレオンの声は、凪いだ海のように静かだった。あまりの静寂に、かえって底知れない深淵を覗き込んでいるような錯覚に陥る。


「ただいま戻りました。……お待たせしてしまい、申し訳ありません」


「何かあったのか?」


「……いえ、何も」


 ヴァルプスは、自分が冷徹な『管理官の仮面』をきちんと被り直せていることを必死に願った。だが、コートを脱ぐ指先、握りしめた拳が微かに震えている。

 上司であるバルナザール専務に矮小なエゴと断じられ、アリストフェルに人間に飼い慣らされていると嘲笑された動揺が、冷たい脈動となって全身を駆け巡っていた。レオンはくすりと笑った。


「……嘘が下手になったね、ヴァルプス」


 レオンがゆっくりとヴァルプスの顔を見上げた。顎に手を当て、とんとんと指先で自分の頬を一定のテンポで叩いてみせる。


「もしかして、バルナザール閣下に怒られた……?それとも、あの意地の悪い同僚に、何か余計な呪いでもかけられたのかな」


 レオンは、ヴァルプスの微かに震える手元へと視線を落とす。その眼差しは、酷く慈愛に満ちていた。


「……私に、何かできることはないかな?」


「いえ……あなたには、ただ、ここで安らいでいてくれればいいのです」


「ふふ、そうだね。君が一生懸命に築いてくれたこの城に、私がどれほど救われているか……いや、どれくらいかな。もう私には計測もできないけれど」


「……レオン」


 ヴァルプスは喉の奥が干からびていくのを感じた。レオンの言葉はどこまでも優しい。それなのに、まるで心臓に冷たい杭を打ち込まれているかのように、息がうまく吸えなかった。


 レオンはヴァルプスの冷えた手を取り、寝台に腰を据える。ぽんぽん、とシーツの縁を優しく叩き、レオンは淡く笑った。


「おいで。疲れただろう」


 ヴァルプスは言いようのない胸の疼きを感じ、唇を噛みしめる。拒否など、できるはずもなかった。吸い寄せられるようにレオンの隣に座り、小さく俯いてみせる。


「まさか。ボクを癒してくださるとでも?」


「……それは些か、言葉の射程が長すぎるな。もう少し具体的な要望を言ってほしい」


「では……あなたの指に、触れてもよろしいですか」


「……それなら、どうぞ」


 ヴァルプスは寝台に置かれたレオンの指を、そっと自身の手のひらで覆った。そこから、静かに、こぼれ落ちないように指を絡めていく。


「ボク……もっと、努力します。完璧な管理官に、なってみせます」


「……そこまで気負わなくて、いいと思うけれどね」


 俯いたままのヴァルプスの前髪に、レオンの温かい手が伸びた。乱れた髪を整えるように、優しく、慈しむように撫でられる。


「……」


 自分は、レオンを箱に入れて守っているつもりだった。だが、本当は彼という名の巨大な箱に、自分から飛び込んで内側から鍵を閉めてしまったのは、自分の方ではないのか。 アリストフェルの残した毒が、ヴァルプスの思考にノイズを走らせる。しかし、頭頂から伝わる静かな体温と振動に身を任せ、ヴァルプスはただ、ひたすらに目を閉じた。

 レオンから与えられるこの安らぎが本物であるなら、そこに理由も、悪魔としてのプライドもいらないと思えた。 

 ヴァルプスはただその温もりを、深く深く、噛み締めていた。




※本作は、noteにて先行公開していた記録ログのアーカイブ版です。

※2026/05/29 大幅修正をしました。

※2026/09/28 大幅修正をしました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。