『聖域の収穫、あるいは無垢な署名』④
第4部:システムの構築
バルナザールがめくるアーカイブは、五年にわたる「育成と略奪」の記録を映し出す。
【供給:美しき神の切り売り】
「あの方が愛してやまないこの身体を、私自身で削ぎ落としていく……。
これ以上の贅沢な『捧げもの』があるかしら?」
彼女は恍惚とした表情で、自らの紫髪を抜き、指先から滴る結晶化した涙や、その身に宿る希少な魔力の触媒を自らの手で採取していった。それはレオンが一生をかけて守ろうとした「聖域」の、自発的な損壊だった。
ヴァルプスは、差し出されたそれらを、丁寧に魔力変換し、解し、吸収していった。
純度の高すぎる希少種のエネルギーは、小悪魔の体内で快楽の劇薬となって暴れる。骨が軋んで伸び、筋肉が脈打ち、少年から青年へと無理やり引き剥がされるような進化の激痛。耐えるヴァルプスの耳元で、魔導通信機からバルナザールの事務的な声が響く。
『五分休憩後、続けるぞヴァルプス。
次は「対象の思考停止を促す交渉術」の講義だ。
……いいか、レオンに「君のせいだ」と思わせる言い回しを徹底的に叩き込め』
ヴァルプスは酩酊しながら、バルナザールが送ってくる経営学と心理操作の課題をこなした。
五年の月日の中、二人のやり取りは血の通った対話から、精密な「事務連絡」へと変質していった。
--
二人が天幕に戻ると、そこには何も知らないレオンが、穏やかな寝息を立てている。
彼は目が覚めた時、宝石姫に「今日も君は綺麗だ」と言い、ヴァルプスに「今日も頼むぞ」と笑いかけるだろう。
自分が、光と闇に挟み込まれ、逃げ場のない「愛のインフラ」の中に収容されたことなど、露ほども疑わずに。
「明日あなたが私の手を取って『今日も君は綺麗だ』と微笑んでくれるなら。
私はいくらでも、あなたの知らないところで欠けていきましょう……ね、ヴァルプスくん」
「……うん」
それは、聖女による最も気高い殉教であり、男を一生逃がさない、優雅な宣告だった。
レオンは、自分の孤独が「誰にも理解されていない」と信じたまま、幸せそうに微笑んで眠っている。
一番無垢なのは、戦場帰りの男。 一番潔白なのは、泥に塗れた騎士。
彼が信じる「俺が二人を守らなくては」という尊い義務感さえ、今や二人の管理者がシステムを円滑に回すための「心地よい歯車」に過ぎなかった。
その残酷で、あまりにも献身的な共謀の事実を。 ただ、窓の外で降り積もる雪だけが、静かに見つめ続けていた。
※本作は、noteにて先行公開していた記録のアーカイブ版です。
※2026/05/21 大幅修正をしました。




