『聖域の収穫、あるいは無垢な署名』②
第2部:悪魔のゆりかご
その日は激しい追撃の手からなんとか逃げおおせ、森に身を潜めた夜のことだった。
レオンは疲れ果て、薪の爆ぜる音さえ聞こえないほど深い眠りに落ちている。
キャンプ地の隅、枯れ木に隠れるようにして、子供姿のヴァルプスは魔導通信機を震える手で握りしめていた。
「閣下……お願い、助けてください」
通信機に呼びかける子供の声は、鼻声で、あまりにも無力だった。
「主さまが……レオンが壊れちゃう。
ボクが抱きしめても、あの方は『ありがとう』って笑うだけで、ちっとも安らいでくれないんだ。
ボクの腕が細すぎるから?
ボクが悪魔として未熟だから?
……もう、どうしたらいいか分からないよ!」
青白い通信光が、ヴァルプスの涙で濡れた頬を照らす。
数秒の沈黙の後、ノイズ混じりの吐息と共に、バルナザールの低く、地響きのような声が返ってきた。
『……嘆かわしい』
「閣下」
『ヴァルプス、よく聞きなさい』
「……?」
『……いいか。あの男は、自己犠牲を餌に生きる絶滅危惧種だ。
そんな男に、対等な愛や「甘え」など与えようとするから、お前は拒絶されるのだよ』
バルナザールの声は冷酷だったが、そこには確かな「教導」の響きがあった。
『彼が望んでいるのは、安らぎではない。
自分が身を捧げることで、誰かが生きているという免罪符だ。
お前が「心配そうな、無垢な子供」という顔をすればするほど、彼は自分の孤独という天国に、より深く登っていくことになる』
「じゃあ……ボクはどうすればいいの?
主さまを放っておけない……」
『逆だ、ヴァルプス。……『管理』しろ』
一拍の間。
『あの男は今、宝石姫という星を仰ぎ見ながら、同時にお前という泥にも手を伸ばそうとしている。
己の背徳感と罪悪感に、勝手に押し潰されかけているのだ。
そんな男に、心を預ける場所などあると思うかね?』
通信機の向こうで、バルナザールが酷薄に目を細める気配がした。
『お前が子供のままでいる限り、あの生真面目な騎士は『お前を汚す恐怖』から永遠に逃れられん。
共に落ちると誓いながら、お前を突き放し続ける。
……救ってやりたいのだろう?
ならば、対等に愛されることを諦めろ。主の罪をすべて引き受け、その身も心も、都合のいい機構として縛り上げるのだ』
ヴァルプスの目が泳ぐ。
『レオンの孤独を癒そうとするな。
お前が強くなって彼を依存させ、レオンに『お前を介抱する義務』を押し付けるのだ。
わかるか?あの男を救いたいなら、まずお前が……彼に救われる『負債』になりなさい』
ヴァルプスは息を呑んだ。それは、彼が今まで信じてきた「献身」を真っ向から否定する、悪魔のロジック。
「それは……主さまを騙すってこと?」
『いいや、『役割』を与えるのだよ。
騎士という生き物は、役割を失った時に死ぬ。
……ヴァルプス、私がお前に『上級悪魔』への進化を許可しよう。
だが、それには対価がいる。
例えば……そう、希少種の生命エネルギーのようなね。
そして、レオンを一生飼い慣らすという覚覚悟も必要だ』
バルナザールは、獲物を狙う蛇のように、言葉の牙を研ぎ澄ませる。
「レオンの孤独を癒そうとするな。
レオンが頼れるほど、お前は強く、そしてレオンに『介抱される義務』を押し付けろ。
わかるか?あの男を救いたいなら、まずお前が…彼に救われる『負債』になれ」
ヴァルプスは息を呑んだ。 それは、彼が今まで信じてきた「献身」を真っ向から否定する、悪魔のロジック。
「それは……主さまを騙すってこと?」
「いいや、『役割』を与えるのだ。
騎士という生き物は、役割を失った時に死ぬ。
……ヴァルプス、私がお前に『上級悪魔』への進化を許可しよう。
だが、それには対価がいる。
例えば……そう、希少種の生命エネルギーのような。
そして、レオンを一生飼い慣らすという覚悟も必要だ」
バルナザールは、獲物を狙う蛇のように、言葉の牙を研ぎ澄ませる。
『泣くのをやめろ。経営を学べ。法律を学べ。
そして、レオンの理性を『契約』という名の檻で包み込め。
……お前が完璧な『管理者』になった時、彼は初めて、自ら進んで檻の中で眠る幸福な家畜になれる』
ヴァルプスは、震える手で涙を拭った。
その瞳から子供の光が消え、バルナザールに似た計略的なの冷徹な光が宿る。
「……わかりました。ボク、やるよ。
主さまに、ボクなしでは生きられない『呪い』をかけてあげる」
その言葉が落ちた瞬間、茂みの影から宝石姫が姿を現すのは、それから数分後のことである――。
※2026/05/21 大幅修正をしました。




