第158話:『兵站の終止符ー 02/05 14:30執行開始』
第3部:兵站の終止符
レオンは静かに、無機質な床を睨んでいた。
「……何を、探している」
バルトロメが、レオンを値踏みするように目を眇める。そのまま、ゆっくりとレオンの周りを歩きはじめた。
衣服がわずかに擦れる音と、重い革靴の底が床を踏みしめる乾いた音が、静寂を鋭く削り取っていく。
「映像を世に出したいなら、出せばいい。
……だが、出さないのは何故だ」
バルトロメは、レオンの背後で足を止めた。彼の細い体躯が落とす影が、操作卓の冷たい光を遮り、レオンの身体を真っ二つに割るように降りかかる。
「君は、あの風景の中で死ぬためにいるのか?
あの美しさの果てに消えるために――
……何が欠けていると?」
バルトロメがひとつひとつ、感情の通わない事実だけを投げ出すたび、試写室は逃げ場のない尋問室へと変わる。
テツヤが落とした機材の微かな熱気だけが、閉じ込められた三人の間でじっとりと停滞していた。
「……リスク管理の問題だと、言ったはずだ」
レオンは一拍遅れて、それを言い直すように口を開いた。
「嘘を吐くな。
君は今、自分の下した『判断』と、己の『理解』が一致していないことに気がついている」
バルトロメは、闇の中からカメレオン・グレーの瞳を光らせ、短く吐き捨てた。
「市場がどう定義するかなど、お前には最初からどうでもいいはずだ、レオン。
それとも……別のものかもしれないな。
あの絶望的なまでに綺麗な顔で泣いているお前の望みを、私が当てられると思うか?」
レオンの耳元に唇を寄せたバルトロメが、口の端を歪ませて嗤った。
「……バルトロメ、まって」
レオンが、己の心臓の音を確かめるように胸を押さえ、バルトロメを見上げる。
青い瞳が、初めてひび割れたように揺れていた。
「レオン。君は……そこをまだ、誰かの言葉で埋めている」
「……まってくれ……ちがう……」
レオンは一瞬、テツヤへ視線を走らせた。すぐに、それを否定するように防音扉のレバーへ視線を戻す。
テツヤは操作盤から手を離し、背もたれから背を起こした。
タバコを指先で弄びながら、二人のやり取りを記録し続ける。
このままバルトロメがレオンの抱えているものを曝け出すのを、密かに期待していた。
レオンの顔にはもはや追い詰められたような緊迫しかなく、その苦しげな顔で浅く喘いだ。
「……そうだ。私が望んだものを、私は光に乗せてしまった。
だけど、違う。わかっている」
一拍置いてから、レオンは続けた。
「……整理は……できている」
バルトロメは一度そっと舌を唇で湿らせたあと、レオンの耳元で囁いた。
「……本当に?」
「……いや……できて、いない。
……わから、ない」
「……それでいい」
バルトロメはレオンの肩を一度叩いて、レオンの足元に膝をつく。
レオンは薄く目を閉じたまま、バルトロメが自身の汗ばんだ頬に触れるのを、静かに享受していた。
映像の話をしているはずなのに、そのやり取りには、テツヤの知らない時間が含まれているように見えた。
テツヤには聞こえない声で、バルトロメがレオンに語りかけている。精密機械の歯車を調整するような指先で、バルトロメはレオンの頬を撫でる。
何を言っているのかは分からない。だが、その距離と手つきだけで、会話の種類が違うことは嫌でも伝わってきた。
テツヤは知らず、弄んでいたタバコを吸い殻に押し付けた。火の消えた感触だけが、やけに遅れて指先に残る。
「この映像は、あんたのために封印する」
口に出したあとで、その言葉がどこから出たものなのか、テツヤにはうまく掴めなかった。
「そうしてくれ」
レオンはゆっくりと頷いて目を閉じる。
曝け出されたレオンの輪郭は、あまりにも脆く、そして救いようがないほどに生々しかった。
ディスプレイの残光が、暗闇のなかでテツヤとバルトロメの視線を結ぶ。
手を伸ばせば届く距離にいながら、そのどちらにも踏み込む気にはなれなかった。




