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1魔貨の聖騎士 ― 価値ゼロCEOと悪魔の強制執行監査契約  作者: 暮夜すと
【シーズン2:オスカル最終承認編】Q1

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第149話:『不可抗力の甘味 ー 01/29 20:30 執行開始』

第4部:不可抗力の甘味フォース・マジュール


 レオンは、箱に添えられた青いリボンを解く。

 重厚な紙の側面が、花が開くように四方へ倒れ込んだ。

 密閉されていた甘い香りが一気に室内へと解き放たれる。平らになった紙箱は、形を変え、一枚の金色で縁取られたスクエアプレートへと姿を変えた。


「便利なものがあるんだな。皿の代わりになるのか。

 ……機能美は認めるが、一食あたりの減価償却費が気になる」


「店員が、特別仕様の箱で包んでくれたようですね。

 ……それで、レオン」


 差し出された銀のフォークを手にとり、レオンは不敵に笑った。


「わかっているだろう?ヴァルプス。

 ……まあ、見ていてごらん」


 二人はソファに横並びになったまま、その「急ごしらえの食卓」を囲む。

 見下ろす中心には、六つの赤い苺を戴いたタルトが、まるで挑戦を待つように鎮座していた。


「……ナイフを使うまでもない」


 自信たっぷりに言いながら、レオンはタルトの中心へフォークを突き立てた。


 曲線を描いた苺の頂に弾かれ、フォークの先端がわずかに逸れる。

 次の瞬間、苺が左右へ弾け飛び、固く焼き上げられたタルトの縁が――


 バキッ。


 乾いた破壊音とともに、不揃いな亀裂が放射状に走った。

 クッキーの破片が散弾銃のように飛び散るのを、ヴァルプスは反射的に展開した影で無音のまま絡め取った。主の失態を、物理法則ごと隠蔽するかのように。

 それを見届けたヴァルプスが、スリットのような細い目で無言の圧をかけると、レオンは微かに視線を泳がせた。


「……物理演算が通用しないな、この菓子は」


 レオンは、震えるフォークを握ったまま、動かなくなったタルトを凝視して言い放った。

 いまやタルトは、三つの苺が乗った大きな破片と、粉々になったクッキーと転がる苺たちとに分かたれていた。


「……見た目は悪いが、味は変わらないだろう」


 レオンはやさぐれながら、粉々になったクッキーと転がる苺を、フォークで指し示した。


「……私はこっち側がいい。これは、まっとうな福利厚生なのだから」


 ヴァルプスに止められる前に、レオンは指先で苺を直接つまんで口に運ぶ。

 続けて、土台の欠片をビスケットのように手で取って口のなかに放り込んだ。


「うん。……おいしい」


「行儀が、悪いですよ」


「避けられぬ帰結、というやつだよ。

 ……君も、その……陣地の回収を手伝いたまえ」


 レオンは嘯いて、微笑む。

 ヴァルプスは小さく嘆息したあと、レオンと同じように手で欠片を拾い、そっと口に含む。

 二人はそれぞれ、「自分の陣地」の破片とクリームを回収しながらフォークを突つき合わせた。



--



 パンとタルトをたいらげ、カプチーノの温かさが体に回ったレオンは、ソファの背もたれに頭を預けたまま、目を閉じる。だんだんと意識が遠のいていく。

 端末を握った指の力が緩み、まどろみの中でヴァルプスの名を呼ぶ。

 

 ヴァルプスの指先が、青いリボンに触れて止まる。

 テーブル上の残骸を片付けていたヴァルプスは、一度丁寧に手を洗い拭き上げたあと、レオンの足元に片膝をついた。

 重い瞼を持ち上げようとするレオンの肩を、ヴァルプスが静かに、だが拒絶を許さない力加減で叩いた。


「……レオン。今ここで意識を失うより、まずはシャワーを。

 十分でかまいません。それが効率的かと」


「……効率的、か。ならば従おう」


 レオンは半分眠りながら、ふらふらと立ち上がる。

 ヴァルプスはレオンが壁にぶつからないよう、そっと背中に手を添えて付き添い、シャワー室の明かりを灯した。


「……ヴァルプス。そういえば……ヴァレリアン……

 ……あいつら、なにか言ってた?」


「……仕事の話は、髪を乾かしてからにしましょう。さあ」


 ヴァルプスはレオンのシャツに手をかける。レオンは脇腹に伸びてくる手の気配に少しだけ理性の光を瞳に宿らせると、ささっとシャワー室へ入り込んだ。

 やがて石造りのモダンなシャワー室から、予熱された湯気の白い筋が漏れ出す。


 レオンがシャワー室へ消えたのを見届けてから、ヴァルプスは報告書を作るべくタブレットから書類テンプレートを引き出した。

 タブレットの白い光が、ヴァルプスの赤い瞳を無機質に照らす。だがその奥には、まだわずかに悔しさが残っていた。

 揺らめく感情に、指先が空中で止まった。脳裏にはカイウスの歪な笑い声と、奪われたタルトの「欠落」が焼き付いている。


(……演算の癖、ですか)


 エルフ特有の共有感覚であるならば、先回りは不可能だ。ただそれが、ヴァルプスには少しだけ悔しかった。

 ヴァルプスは思考のログから、不快なノイズを強制的にゴミ箱へとドラッグした。

 

 代わりに、レオンと食べた苺のタルトの味をリフレインさせる。

 

 不格好に砕け、手づかみで分かち合った、あの「不可抗力」の甘さ。

 シャワーの音だけが響く静寂の中、ヴァルプスは微かに目を細めた。外敵の嘲笑など、今の二人には届かない。


「……味は、変わりませんでしたね」

 

 誰に聞かせるでもない独り言とともに、彼は完璧な報告書の作成に取り掛かった。




※本作は、noteにて先行公開していた記録ログのアーカイブ版です。

※2026年04月24日 宝石姫アメリアのビジュアルイメージを『活動報告』に置きました。


執筆活動を再開します。

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