『案件重複拒否:専務バルナザールの鉄血承認』②
第2部:専務執務室の「鉄の論理」
数時間後。悪魔界魔王本社。
バルナザールの机で、内線盤のランプが冷ややかに明滅した。受話器から聞こえてきたのは、理性派の筆頭『第九監査部門:法秩序維持局』局長の、抑揚のない機械的な声だ。
「……バルナザール閣下。特級資産『レオン・ド・ラ・ノワール』の所有権について、法務的な通告です。
先ほど外部クライアントであり、契約者の血縁でもある『オスカル』氏より、割当て変更の正当な申請書が提出されました。
貴殿の部門の若手が現場で囲い込んでいるようですが、監査上、案件の重複および私物化は看過できません。
速やかに当該資産を当方へ移管、または譲渡してください」
「……ほう」
満面の笑みを浮かべるヴァルプスと、その隣で無防備に眠る聖者。専務は口角をわずかに上げ、受話器を握り直す。
「局長。その移管依頼は『デッドコピー(重複無効)』だ。
当該資産はすでに、我が部門が主導するBCP(事業継続計画)に基づく、最優先維持管理工程に組み込まれている」
「……何だと? 我々の監査システムに、それを示す独占契約の記録はないが」
「当然だ。あれはもはや、単なる『契約』の段階を終えている。
現在は『契約者保全のためのインフラ維持管理』として実効運用中だ」
バルナザールは手元でホログラムを展開し、ヴァルプスから送られた『手繋ぎ』のデータを、魔力同調率の推移グラフへと瞬時に数値化して転送した。
「よく見ろ。この個体は精神負荷の臨界点に達していた。だが現在、管理官ヴァルプスは24時間体制で負荷調整および安全確保の業務を遂行している。
添い寝や接触による調律も、対象の日常的な自由行動や嗜好を維持するための、厳密な『管理プロセス』の一環だ」
バルナザールは冷徹に言い放つ。
「これは占有ではない。
資産価値と契約者の安寧を保持するための、不可欠なオーバーホールだ」
受話器の向こうで、局長は息を呑み沈黙した。
バルナザールの声は、部屋の空気を一瞬で凍りつかせるほどの重圧を帯びていく。
「局長。君たちは、精密機械のメンテナンスにハンマーしか持たぬ素人を当てるつもりか?
当該個体はすでに、管理官ヴァルプスの魔力波長以外を受け付けないよう生体認証済みだ。
今さら無理に引き剥がせば、アセットは崩壊し、契約上の安寧もすべて損なわれる」
ふっ、と専務は低く笑った。
「……魔王陛下に『我が局の不手際で莫大な損失を出しました』と始末書を提出するのは、君か?
それとも私か?」
「…………っ」
理性派にとって、数値化された「損失」と「自己責任」ほど恐ろしいものはない。
受話器の向こうから、かすかな歯噛みの音が聞こえた。
「理解したようだな。
クライアントには『当該個体は専門部署による最優先管理下にあるため、介入不可』とステータスを書き換えて通告しろ。それと——」
バルナザールは声音からわずかな温度さえも削ぎ落とす。
「現場で奮闘する我が部門の若手の机に、二度と内線を繋ぐな。これ以上、現場の集中を乱すことは万死に値すると知れ」
※2026/05/21 大幅修正をしました。




