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1魔貨の聖騎士 ― 価値ゼロCEOと悪魔の強制執行監査契約  作者: 暮夜すと
【シーズン2:オスカル最終承認編】Q1

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第128話:『機械油の指先と甘い毒の分配 ー 01/26 18:25 執行開始』

第5部:機械油の指先と甘い毒の分配


 レオンが廊下へ出ると、ヴァルプスがレオンの手の中にある色とりどりの糖質の塊を、鋭い眼差しで見つめた。


「……また、検品チェックしていないものを」


 ヴァルプスの低い声に、レオンの脳裏にはかつて口に含んだ飴玉を強引に奪われそうになった、苦い記憶が蘇る。

 レオンは反射的にキャラメルを握りしめ、胸元で抱え込むようにして首を横に振った。


「……ヨハネ神父からだ」


 獲物を守る小動物のように重心を低くして身構えるレオンに対し、ヴァルプスは不服そうに、けれどどこか毒気を抜かれたように鼻を鳴らす。


「……司祭様からの支給品ですか。ならば、特例として認めましょう」


 ヴァルプスの許可に、レオンは尖らせていた視線をようやく緩めた。

 少しの間、手の中の宝物を検分するように眺めていたレオンだったが、意を決したように赤いセロハンに包まれたキャラメルを一つ、ヴァルプスへと差し出した。


「……あげる」


「え、あ――……はい。ありがとうございます」


 完璧な従者であるはずのヴァルプスが、一瞬だけ間の抜けた返事をしてそれを受け取る。

 大きな白い手のひらの上に、ちょこんと乗せられた赤い輝き。ヴァルプスがそれを凝視している隙に、レオンはコートを翻して、近くのスタッフたちの元へと駆け寄った。

 ヴァルプスが我に返って顔を上げた時には、すでにレオンはバルトロメやバーソロミューの手に、無造作にキャラメルを押し付けて回っているところだった。


 レオンは廊下の喧騒の中、機材を積み込むテツヤの背中に歩み寄った。

 迷った末、手の中にある最も明るい青色のセロハンに包まれたキャラメルを一粒、テツヤの作業着のポケットに放り込む。


「……なんだ、これは。賄賂か?」


 テツヤが動きを止め、眉間に深い皺を寄せて振り返る。その指先には、機材の油が黒く、しつこく滲んでいた。


「ヨハネ神父からだ。……疲れているだろう。

 糖分は、判断を狂わせない……らしい」


 CEOらしい、どこか借り物のような「もっともらしい理由」を並べるレオンに、テツヤは鼻で笑った。


「……二十年前のあんたなら、キャラメルより金を投げつけていただろうに。

 ……作業の邪魔だ、どいてくれ」


 テツヤはポケットの中の異物キャラメルを指でまさぐり、それから乱暴にレオンを追い払うように手を振った。その際、テツヤの指先がレオンの手に触れ、鮮やかな黒い線が走る。


 静かな青い瞳と、驚愕に揺れる栗色の瞳が至近距離で交差した。

 レオンは汚された指先を鼻に寄せ、じっと見つめてから、機械油の香りを吸い込んだ。


「サカグチの……いや」


 レオンは、懐かしさに胸を焼かれるように微笑んだ。


「……テツヤの、匂いだね」


 その微笑みは、かつての傲慢さをかなぐり捨て、未知の刺激を求めるかのようにつややかに歪んでいた。

 テツヤは息を呑んだ。鉄の扉の奥に叩き込んで固定していたはずの感情が、その一言で一気に逆流し、喉元までせり上がってくる。

 何か言い返そうとテツヤが手を伸ばした瞬間――レオンの左腕を、背後から伸びた「影」が黒い鎖のように締め上げた。


「他人に分ける余裕があるなら、自分に投資してください」


 ヴァルプスは無表情の中に鋭利な苛立ちを滲ませ、レオンへと歩み寄る。事務的な手つきで魔導タブレットを掲げ、あるじへ無言の帰還を促した。

 レオンが力なく頷くと、ヴァルプスはテツヤに対し、凍てつくほどに隙のない一礼をしてみせる。


「……サカグチ様、本日はご苦労様でした。

 CEOのスケジュールは既に限界値デッドラインを越えております。

 これ以上のリソースの浪費は、弊社の多大なる損失。……失礼いたします」


 慇懃無礼な言葉を叩きつけ、レオンの肩を抱くようにして去っていく。その背後で、テツヤは言葉にできない感情を、行き場のない拳のようにポケットの中で握りしめた。


 指先に触れるセロハンの乾いた音が、二十年前、倒産寸前の事務所でレオンが机に放り出した、あの白く傲慢な契約書の感触に重なった。


 外扉の向こう側へと消えていく刹那、レオンの視線が、自分を射抜いた気がした。

 テツヤは衝動に突き動かされるように、冷たい屋外へと走り出した。機材車の助手席に飛び込み、バックミラー越しに遠ざかるレオンの高級車を、食い入るように睨みつける。


 あのCEOは分かっていない。自分が「救済」のつもりで配った一粒の砂糖が、どれほどテツヤの「飢え」を、無慈悲に刺激し、掻き乱すかを。


「……食えるわけないだろ。こんな、もの」


 テツヤは結局、セロハンを剥くことさえできず、それを乱暴にダッシュボードへと放り投げた。


 遠ざかるエンジン音が夜の静寂に吸い込まれ、大聖堂の駐車場には、ただ刺すような冬の夜気と、青く光る一粒の「拒絶」だけが取り残された。



※本作は、noteにて先行公開していた記録ログのアーカイブ版です。

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