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1魔貨の聖騎士 ― 価値ゼロCEOと悪魔の強制執行監査契約  作者: 暮夜すと
【シーズン2:オスカル最終承認編】Q1

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第127話:『魂の計量士と一粒の慈悲 ー 01/28 18:15 執行開始』

第4部:魂の計量士と一粒の慈悲


「――はい、バラシ(撤収)! 十八時十五分、完全撤収完了!」


 テツヤの声が響くと同時に、大聖堂の静寂が戻ってきた。彼は安堵で震える手でインカムを外す。

 白髪交じりの短髪を一度撫でつけてから、テツヤはレオンの姿を探した。


「……主演、神父様が奥で待ってる。最後に一言だけ、CEOらしく礼を言ってこい。

 彼は、あんたがどれだけ『無様に汚れたか』を知る権利がある。

 寄付金の額に見合うだけの『真実』を、そのツラで証明してこい」


 テツヤの言葉は、撤収作業の喧騒を切り裂くナイフだった。

 バルトロメに喉を焼かれ、バーソロミューの光に網膜を灼かれたレオンは、言葉を返す気力すらなく、ただ操り人形のように頷く。

 漆黒のスーツは乱れ、喉元にはまだ、バルトロメの指が残した微かな熱が浮き上がっていた。

 撮影スタッフと教会の助祭に誘導され歩き出すレオンを一瞥し、テツヤはモニターの配線を叩きつけるように引き抜いた。


「……ヴァルプス」


 レオンが掠れた声で呼ぶと、背後の「影」が形を成した。

 一歩、ヴァルプスが近づくたびに、撮影機材の熱気で緩んでいた空気が凍りつく。


「お待ちを」


 ヴァルプスの声は、底冷えする地下室のようだった。彼は手にした重厚なカシミアのロングコートを広げると、レオンの背後から包み込むように羽織らせた。

 撮影で「剥き出し」にされたレオンの肌が、ヴァルプスの持ち物である黒い布地に飲み込まれていく。 

 ヴァルプスはレオンの正面に回り込むと、跪くこともなく、その冷たい指でレオンの首元のボタンを一つずつ留めていった。一番上のボタンを留める際、彼の指先が、バルトロメが付けた「指の痕」をなぞるように触れる。


「……許容範囲ですが、ひどいありさまですね」


 ヴァルプスの赤い瞳が、至近距離でレオンの青い瞳を射抜く。そこにあるのは同情ではない。自分のコレクションに、他人の手垢を付けられたことへの、静かな怒りだ。


「ボクの知らないあなたの『絶望』を、あんな男たちに切り売りするなんて。

 ……これ以上の露出は……少なくとも今日は。控えていただきたい」


 ヴァルプスは、レオンのコートの襟を、喉元の赤みを隠すように立てた。それはもはや防寒ではなく、誰の目にも触れさせないための「封印」だった。


「……仕事、だったから」


「ええ、仕事ですね。

 ……ですが、この『後始末』はボクの領分だ」


 ヴァルプスはレオンの腕を、逃さぬよう、抱きかかえるほどの強さで掴み取った。そのまま、神父の待つ奥の小部屋へと有無を言わせず促す。その氷のような殺気を孕んだ足早な動きに、周囲のスタッフや助祭たちは気圧され、慌てて距離を保ちながら後に続いた。

 ――大聖堂の静謐が、彼らの歩みに合わせて、冷たく塗り替えられていく。 


--


 突き当たりの扉の向こうには、本物の聖職者が待っている。

 撮影機材も、照明も、守ってくれる台本もありはしない。あるのは、神の代理人と、自分という「商品」を売り渡す契約の証人だけだ。


 扉の前に立ち、レオンは震える指でタイの結び目を探った。だが、その指先に、ヴァルプスの氷のような冷たさが重なる。

 手早くタイが正され、乱れた黒髪が所有者を誇示するように整えられていく。自身の輪郭が、ヴァルプスの手によって緩やかに「作り変えられていく」のを、レオンはただ、目を閉じて受け入れた。


 助祭の合図のあと、ヴァルプスが扉を開く。 


「やあレオン。撮影はどうだったかな」


 暗がりの向こう、神父の穏やかな銀色の双眸が、マジックアワーの残響に濡れたままの「偽りの殉教者」を迎え入れた。


 静かに扉が閉ざされ、密室には神父とレオン、二人だけが取り残される。

 首都ルテティアの凍てつく冬を思わせる、痩身で背の高い老紳士が一歩、足を踏み出した。使い古されているが潔癖なまでに手入れされた黒い法衣が、規律正しく空気を震わせる。


 ヨハネ・ヴァレンタイン。

 天球図大聖堂の主任司祭であり、魂の重さを違えず量る「ソウル・スケーラー」。彼は慈愛に満ちた微笑みを湛えながらも、その手には、目に見えない天秤を携えているかのようだった。


 レオンは一礼する。


「……すみません、ヨハネ神父。ここを騒がしくしてしまいました」


「いや、いいよレオン。

 機材ノイズは聖堂から消えたようだ。今は星の声もちゃんと聞こえてくる。

 ……新しいステンドグラスの寄付は助かった。おかげでこの場所は、また少しだけ『静止』に近づいた」


「……それは重畳です。

 叔父上も、この場所の静寂を気に入っておりますので」


 ヨハネはレオンの肩にそっと黒絹の手袋をつけた右手を置いて、まるで古い友人の体調を気遣うように見下ろした。

 古い銀の匙が曇ったような、あるいは冬の霧のような色。すべてを見透かしているような瞳が、レオンの淀んだ青い瞳を覗き込む。


「レオン、その顔色はいただけない。

 魂の減価償却が予定より早まっているようだが?

 良ければ進捗を聞こう」


 淡々とした声とヨハネの手の感触に気を取られつつ、レオンは少しだけ息を吐いた。


「……少しばかり、イレギュラーな負債が重なっただけです。

 五月までには調整します」


 ヨハネは一度、重く目を閉じた。それから、「帳簿」を閉じるかのように静かに右手を離した。


「……契約は、確認したよ。

 ……でも、この契約で、君の魂は安らかになるのかね? 」


 ヨハネは、円卓の上に置いてあった古い星図を手に取った。紙面を指でなぞりながら、レオンに視線を向ける。


「今日の私の目には、君の『予備電源(初期セクタ)』が警告を刻んでいるように見えるよ。

 無理な演算を強行して、君というシステムそのものが焼き切れてしまわないか、とね。

 ……もし計算が滞っているなら、そう。ちょうど。

 この教会の地下クリプトに空きがあるが」


 ヨハネの浮かべた躊躇いがちな微かな微笑は、彼なりの慈悲を込めた冗談だったが、いまのレオンにとっては甘美な「終焉」への招待状に他ならなかった。

「連れて行ってくれ」と縋りたくなる衝動を喉元で押し殺し、レオンは胸元に右手をあてる。

 荒れ狂う心の波を静めるように薄く息を吐き出し、神父から隠した左手を爪が食い込むほど強く握りしめて、レオンは完璧な営業用の笑みを貼り直した。


「問題ありません。

 ……これは、私が自ら算出し、選択した『最適解ルート』ですから」


 ヨハネは困ったように微笑を深め、人差し指を立てて宙をなぞった。

 指先から黄金の微星が零れ出し、レオンの視界をきらきらと舞い踊る。そのままヨハネが静かに聖印を刻むと、頭上から降り注いだ光の粒が床に触れ、波紋のように淡くほどけて消えた。


「……今夜は、ちゃんと帳簿を閉じて眠りなさい。

 これは神命ではなく、君の『監査役』としての勧告だ。」


 ヨハネは慈愛を込めて、最後にもう一度だけ告げた。


「……無理をしては、いけないよ。レオン」


「……はい。……ありがとうございます」


 消え入りそうな声で答え、レオンは深くこうべを垂れた。


 神妙にレオンは頷いてみせる。ヨハネは、ただただ困った笑みを浮かべたまま光の粒が残る両手を差し出す。

 ヨハネの差し出した手に両手を重ね、レオンは目を閉じた。


「……良き観測を(グッド・オブザベーション)」


 ヨハネの指がゆっくりと離れていく。

 残されたレオンの手のひらの上、色とりどりのセロハンに包まれたいくつものキャラメルが、聖堂の静寂の中でひっそりと輝きを放った。

 カサリと小さく鳴ったその音は、まるで解かれた魔法のように、冷えた空気に溶けていった。 




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