第126話:『黄金の虚飾、あるいは真実の露出 ー 01/28 17:40 執行開始』
第3部:黄金の虚飾、あるいは真実の露出
十七時四十分。ついに、その「刻」が訪れた。
天球図大聖堂の高窓から差し込む陽光が、無機質な白から、粘りつくような濃密な琥珀色へと変質する。
「……来るぞ。総員、呼吸を止めろ」
テツヤの低い合図とともに、聖堂内の空気が硝子を引いたように張り詰めた。一日のうちで最も美しく、最も残酷な数分間。――「マジックアワー」の到来だ。
祭壇背後のステンドグラスを透過した西日が、長い影を引き連れて大理石を這う。その光は、床に刻まれた精密な『運命の数式(天球図)』の溝をなぞり、燃え盛る導火線となって、中心に佇むレオンの足元へ収束していった。
舞い上がる埃のひとつひとつが黄金の粒子と化し、冷え切った聖堂を、微睡むような多幸感で侵食していく。
「……来た。光が、嘘をつき始めた」
バーソロミューが、悦びに震える声で呟く。テツヤは無言でタイマーを止めた。ここからは、計算を越えた「奇跡」の領域だ。
「バルトロメさん、……いま」
短く、テツヤが断罪のような合図を送る。バルトロメは無言でレオンの背後へ回り込むと、その漆黒の襟を掴み、光の十字が刻印された石床へと、容赦なく引きずり倒した。
「あ……っ」
レオンの喉から、掠れた吐息が漏れる。仰向けに倒されたレオンの網膜を、巨大なステンドグラスを透過した「審判の光」が、焼き切らんばかりの勢いで直撃した。
強烈な逆光。漆黒のスーツと褐色の肌が、溢れ出す光の輪郭によって、内側から発光するかのように白く縁取られる。そのシルエットは、この世のものとは思えないほど神々しい。
レオンの肌は黄金色に焼かれ、見開かれた青い瞳の中にだけ、凍てついた星の欠片を宿していた。
バルトロメがレオンの肩を掴み、祭壇へと押し込む。冷たい石に背中が叩きつけられ、その衝撃で黒髪が激しく乱舞した。
マジックアワーの光が、レオンの側頭部から生えた漆黒の角を、容赦なく照らし出す。光に晒されたその角は、逃げ場のない「異形」という名の現実を突きつけるように、どす黒い影を祭壇へと刻み込んだ。
「レオン……それが、君に許された光だ」
バルトロメの囁きを受け、レオンの青い瞳は、強烈な光を反射して透明な硝子玉のように透き通っていく。あまりの眩光に晒され、レオンの内奥に秘めていた「ただひとつの望み」だけが、無防備に剥き出しとなった。
震える目尻から、一筋の涙が黄金の肌を滑り落ちる。それは、傍目には緻密な演技なのか、あるいは魂の決壊なのか判別できないほど、剥き出しの現実味を帯びていた。
「撮れた……! 撮れたよ、サカグチ!」
バーソロミューがモニターに食らいつき、獣のような狂喜の声を上げる。
画面の中のレオンは、英雄に組み敷かれる無様な肢体を晒しながらも、世界で最も気高い「殉教者」として、その場を支配していた。
テツヤは、モニターに映るその映像を一度だけ網膜に刻み、すぐに視線を実物のレオンへと戻した。
祭壇の上で力なく倒れ伏し、荒い息をつくかつてのパトロン。――二十年前、あんなに憎かった『傲慢なエルフ』が、今は自分の引いた動線の上で、惨めに、美しく身体を震わせている。
「……チェック終了です。撤収の準備を」
テツヤの声は、自分でも驚くほど掠れていた。
十七時五十分。
太陽が水平線の彼方へと没し、大聖堂は一瞬にして、慈悲も奇跡もないただの冷たい「石の箱」へと戻った。
彼が撤収の合図を完全に言い切るより早く、聖堂の隅の「影」が巨大な獣のように揺らぐ。それは、光の中に残されたレオンの肢体を、外界から隠匿するようにどろりと飲み込んでいった。




