第121話:『修復プロトコル ー 01/27 12:00 執行開始』
第6部:修復プロトコル(リカバリー・プロトコル)
ゼロスは、無数の青いグラフに囲まれ、彫像のように立つ。それから目を僅かに見開いて振り返った。
「……CEO。驚きました。
あなたのDNA構造——エルフの『清廉なコード』は、もはや悪魔の『実行ファイル(EXE)』に上書きされています。
併せて、マルヴェイ氏による強制パッチ(同期)……。
……医学的見地から言えば、正気の沙汰ではないアップデートです」
ゼロスはホムンクルスとして、「法より契約(データ保護)」を優先するように創られている。
目の前にひろがる未知の結果に息を浅く吸い、いいようのない背筋の震えを覚えて足を踏み直した。
おそらくこれを、ヒトは高揚というのだろう。
椅子に座ったまま、レオンは小首を傾げる。
「でも、問題はないんだろう?」
「……そうですね。大きな問題はありません。
あなたの身体を構成する魔力回路も、黒く焦げ付いてはいますが許容範囲内です。
ただ、ストレス値は規定値を十五%も上回っています」
ゼロスはホログラムを展開し、レオンの魔力回路全体図を指し示す。
「……しかし、対策はシンプルです。
あなたの損耗を止めるには、物理的な強制再起動と、魂の構成要素の再構築が不可欠だ」
レオンは、身体を椅子に深く預け、皮肉げに唇を歪めてみせた。
「……ふむ。つまり、『寝て、食え』ということか。
随分と原始的な処方箋だな」
「原始的だからこそ、今のあなたの『歪んだ高効率』には劇薬なのです。
まずはその、空腹で透けきった胃袋を物理的な質量で満たすところから。
管理官、本日は消化に良いものから与えてください」
「わかりました」
魔導端末に記録を入力しながら、ヴァルプスは頷いた。
部下からの伝達を受け、ヴァルプスはレオンの耳元で囁く。
「……データの『洗浄』は、完璧に終了しました」
それを聞いてから、やっとレオンはジャケットを片手で掴み、立ち上がる。
「今日はありがとうございました」
「……定期的に来なさい、CEO。
あなたが完璧を維持できず、世界経済というシステムをクラッシュさせる前に。
私は、修復不可能なほどに壊れた資産を眺める趣味はありませんから」
黒い瞳の中に僅かな陰りと興味を乗せて、ゼロスは冷淡な口調で伝えた。
レオンはそこではじめて考えるように宙に目線を投げてから、ゼロスに微笑んだ。
「私は『完璧なシステム』でありたいんじゃない。
……『普通に疲れた人間』でありたいものだね。
……でも、またくるよ。Dr.ゼロス」




