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1魔貨の聖騎士 ― 価値ゼロCEOと悪魔の強制執行監査契約  作者: 暮夜すと
【シーズン2:オスカル最終承認編】Q1

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第119話:『判定不能 ー 01/27 11:00 執行開始』

第4部:判定不能インデターミネイト・ログ


 エントランスの喧騒を離れ、一行は地上二百四十メートルの密室へと向かう。

 魔導昇降機の中で、レオンの影からマルヴェイが這い出て、足元に膝をつく。レオンがマルヴェイに手を伸ばすと、マルヴェイは遠慮なくその手を掴んで立ち上がった。


 防火扉が重厚な金属音を立てて閉ざされた瞬間、下界の空気は完全に遮断された。

 到着した六十階の回廊は、音さえもデータとして吸収されるような、完全な無響室を思わせた。


 突き当たりにある重厚なスライド扉。そこが——診察室だ。

 扉が左右に割れると、そこにはホログラムの波形に囲まれ、微動だにせず立つ男がいた。

 感情を濾過しきった漆黒の瞳。Dr. ゼロス。

 彼は皺ひとつない白衣の袖を整え、表情を一つも変えずに深く一礼した。


「……お待ちしておりました。本日は私、ゼロスが担当させていただきます。

 ……心拍数、百十二。CEO、随分と『不純なノイズ』を連れてのご到着ですね」


 ゼロスは手元の端末から一度も目を離さず、背後に控えるヴァルプスとマルヴェイ、そしてデッドロックたちを「処理すべきノイズ」として一瞥した。

 マルヴェイがレオンの腰に手を置こうとするが、その指先が触れる前に、ゼロスが無機質な声で告げる。


「翡翠色のノイズ(マルヴェイ)。

 あなたの同行も許可されていますが、私のアーカイブ内で『面白半分』にデータを改ざんするのはお控えください」


「その節は失礼しました。ですが、今回は私はただの付属品なので……なにもいたしません」


 そっと袖口で口元を覆いながら微笑むマルヴェイに小さく頷いてから、ゼロスはレオンを見下ろす。


「……さあ、中へ。世界経済の心臓部を、メンテナンスする時間です」


--


 多重魔方陣スキャンが行われる。

 幾重にも重なる青い光の環が、レオンの肌を、筋肉を、そして神経回路を透過していく。

 磁気と魔力が混ざり合った独特の振動が、骨の髄まで細かく震わせた。まるで、見えない指先で内臓の裏側まで撫で回されているような感覚にレオンは僅かに背筋を伸ばした。空腹の神経に、その振動は容赦なく入り込んだ。

 視界の端のパネルには、折れ線グラフが非情な角度で刻まれていた。


【資産価値:極大】 / 【損耗率:62%】 / 【主要感情:経費への執着】


「……霊子スキャン完了。深層意識に『翡翠色の侵食痕』を確認」


 スピーカー越しに届くゼロスの分析は、もはや診断ではなく、故障箇所の指摘だった。レオンは光の中で目を閉じ、自分の魂が「過労」という名の黒いインクで塗りつぶされている部分を、ただ静かに見つめることしか、許されなかった。

 モニターに映し出されるレオンの『損耗』を、ヴァルプスは一言も発さず見つめていた。

 ヴァルプスの指先だけが、わずかに動いた。それは、本来なら破棄されるはずの「真実のバイタルデータ」を、自分の予備端末へと複製コピーする動作だった。管理官としてではない。主の痛みを、誰にも触れさせぬよう自分の手の中にだけ閉じ込めておきたいという、独占欲に近い衝動だった。


 レオンの状態がスキャンされていくなか、LVAシステム室ではベルがモニターに侵入していた。

 映し出される波形が、わずかに遅れて書き換わる。

 今のレオンではない——過去の、より健全だったデータへと。


 本来の記録は、別系統でマルヴェイの側へと送られていった。


 スキャンは、十分もかからず終了した。個室で検査着を着直しているレオンの長耳に、微かに共鳴魔導師達の囁きが聞こえてくる。


「マルヴェイ様、何度測定しても『判定不能』です。

 ……バックログが、存在しないはずの数値を返してくる……!」


 数人の魔導師に囲まれ、神妙な顔で目を伏せているマルヴェイが、くすりと喉を鳴らした。


「面白いね。LVAの最新鋭でも、私を定義わかることはできないのか。

 ……もう少し頑張ってみてよ。君たちの絶望が見たいからね」


 マルヴェイの言葉に、共鳴魔導師の一人がついに嗚咽を漏らす。

 レオンは仕切り窓の向こうからマルヴェイの姿をこっそりと覗いた後、部屋を出た。


 「判定不能」で荒れ狂っていたマルヴェイの波形が、レオンの視線に反応し一瞬だけ穏やかな……しかし底知れない翡翠色の凪へと姿を変えた。

 その色は、どこか静かに力を溜め込み、今は触れられぬまま、ただ観測者の目の前で揺れている。

 波の形も無く、ただ存在としてそこにある翡翠の線は、まるでレオン自身の内奥とマルヴェイの境界線を、ひと目で示しているかのようだった。

 


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