第113話:『飼い犬の証明 ー 01/27 2:30 執行開始』
第3部:飼い犬の証明
「……リテイクだ」
その言葉は、レオンの背骨を、冷徹に叩き折った。
タイルに押し当てた額から、じわじわと体温が吸い上げられていく。
「……リ、テイク……?」
掠れた声が、床を這う。
今、人生で最も醜く、最も美しい「ヒューム」の名を削り出したばかりだ。
心臓を剥き出しにして、すべてを差し出したばかりだ。
「そうだ、レオン君。君は今、真実を見せた。
……だが、君はまだ『感情』に呑まれている」
バルトロメが、無慈悲に宣告する。
「俳優は、自分の傷を舐めて泣いたりしない。
……今の君の絶望、その『死ねない呪い』を、体温ゼロの観測結果として報告してみろ」
「……」
「立ちなさい、レオン。
……今の慟哭を、君自身の『素材』に変えるんだ」
自分の血が流れている傷口を、鏡で見ながら「赤い液体が流出している」と淡々と記述しろと言っているのだ。
レオンは、震える指先で冷たい床を掴んだ。
立ち上がろうとして、重心が定まらない。
身体が、自分のものではないように、わずかに遅れる。
視界の端、マルヴェイが、幽鬼でも見るような目で自分を見つめているのが分かった。
――マルヴェイ。
――助けて。
――いや、見るな。
矛盾する回路が、焼き切れる寸前で明滅する。
その時、レオンの指が、床を這ってマルヴェイの足元に触れた。
「……マルヴェイ。……来て」
それは、指示ですらなかった。
壊れた子供が、唯一の熱源を求めるような、剥き出しの依存。
ほんの一瞬だけ、レオンの指先が、その熱を確かめるように縋りつく。
バルトロメはカメレオン・グレーの瞳を細め、冷ややかな目線でレオンを見下ろす。
「……醜悪だ、レオン。
君は今、自分の真実を、その男という『温かい泥』の中に隠して逃げようとした。
……俳優を辞めて、ただの『飼い犬』に戻るつもりかい?」
一拍。
「それとも――まだ、戻れると思っているのか?
……愚かだな」
静寂。
三度目の、そして本当の「地獄」が幕を開けようとしていた。




