第111話:『真空の劇場 ー 01/27 2:00 執行開始』
第1部:真空の劇場
マルヴェイは、断るべきだと理解した上で、その依頼を受けた。
深夜手当は三倍。理由の説明は一切なし。
訓練室には、一国の軍事機密保管庫に匹敵する『三重結界』が展開されていた。
物理的な振動を殺す防音魔法、魔力の漏洩を防ぐ防禦結界、そして――レオン自身が上書きした『認可外通信・完全無効化』の極秘プロトコル。
ここは今、この世界のあらゆる神の目から切り離された、『存在しない空白』と化していた。
今夜ここで流されるものを、一滴たりとも『外』へ漏らさないための空間。
「……少し、ここで待っていてくれ」
レオンに案内された部屋は、四方を防音材で囲まれた奇妙な静寂の空間だった。
音が死んでいる、とマルヴェイは思った。
何のための部屋かは知らない。だが、知らなくても理解できる種類の場所だった。
「……観客役か」
不快ではなかった。
むしろ、この一室こそが、今の自分には必要な「舞台」であるようにも感じられた。
重厚な木の扉が、潤滑油の匂いさえさせず無音で開く。
踏み込んできたのは、死神のような緩やかな足取りのバルトロメだ。
訓練所を支配していた魔導灯の青白い光が、彼の蒼白な顔と真っ黒な衣服を、舞台照明のように不気味に切り取った。
魔導端末でログ解析に没頭していたレオンが、弾かれたように顔を上げる。
その瞳には、恐怖と――それを押し潰すような、隠しきれない熱が宿っている。
バルトロメはあたりを見回す。
上着は、戦場から剥ぎ取られた鎧のように脱ぎ捨てられ、パイプ椅子の背で力なく項垂れていた。
それから、「熱い視線」を放つマルヴェイを極上のヴィンテージワインを品定めするような、嗜虐的な目つきで眺め回した。
「……今回は、不純物が混じっているのか」
バルトロメは低く、喉を鳴らすように笑った。
彼はレオンに歩み寄るでもなく、訓練所の中央で立ち止まり、長く細い指先で自身の顎をなぞる。
「……まあいい。
観測者が一人いれば、そこはもう立派な地獄だ」
一拍。
「君はそこにいろ。ただし、『息をするな』。
君の余計な愛着が、彼の絶望を濁らせる」
マルヴェイの翡翠の瞳が、無機質にバルトロメを射抜く。
否定も肯定もしない。ただ、レオンの背後に落ちる影と同化するように、マルヴェイは壁際に移動した。
「さて、レオン。……始めようか。
まずは簡単なオーディションだ」
バルトロメのカメレオン・グレーの瞳が、獲物を仕留める猛禽の鋭さでレオンを捉える。
「――君は、人を操ったことがあるな?」
レオンは、否定しなかった。
だが、肯定もしない。
ただ、深夜二時の冷えた空気を肺に溜め、隣に立つ「共犯者」の気配を、背中の皮膚で確かめる。
その熱だけが、現実だった気がした。
「いい。なら証明してみろ」
一瞬の静寂。
「……その男を、泣かせてみろ」




