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『1魔貨の聖騎士 ― 自分を1魔貨と定めたCEOを、悪魔は契約で管理する』  作者: 暮夜すと
【シーズン1:バルナザール決算編】Q1

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『完璧な業務:降伏点への同調』③

第3部:同僚たちとの「契約者自慢大会」



【次元境界・バルナザール宮殿/黒曜石の魔力充填広場】



 ホールに足を踏み入れた瞬間、ヴァルプスはその異質な空気に息を呑んだ。

 天井は見上げるほどに高く、魔力結晶の柔らかな白光が空間を切り裂いている。壁沿いに設えられた湯殿が、悪魔たちの微細なノイズを遮断し、彼らの精神を鎮める。

 空間全体が緩やかに時を遅らせているのか、歩く足音さえ水面の雫のようにゆったりと伸びていた。

 中央の円卓には、焦げ目のついた獣肉や結晶化した香辛料、魔力煙を立てる果実酒が並ぶ。


 ヴァルプスがしょぼしょぼとした顔でラウンジへ進むと、薄荷の冷たい香りが鼻先を擽る。視線を泳がせると、白い仮面で目元を覆った青年――アリストフェルがヴァルプスと眼を合わせてへらりと微笑んだ。


「やーやー!新人くん。ほどよく疲れたいい顔になってるね。バルナザール閣下に相当絞られたか」


 ヴァルプスは背筋を正し、薄い笑みを浮かべた。


「――アリストフェルさん。お久しぶりです。お変わりないですか」


「こちらは元気だよ。契約者も元気だし。ところで、君の契約者はどう?あれから息災?」


「……いえ。いま、少し……過労で」


「ふぅん、なんか大変そうだね」


 言葉を濁すヴァルプスに対し、アリストフェルは肩をすくめた。


「ま、とりあえず座ってなんか飲めば?けっこう美味しいお酒あるよ~」


 アリストフェルに席を勧められ、椅子に腰を据えたところで、赤ら顔のザガンが杯を煽りながら割り込んできた。


「アリストフェル、此処に居やがった!聞いてくれよ!俺の今月の『北方破壊プロジェクト』の進捗をよぉ。

 国を更地にしてやったら、王様が、後になって『民の悲鳴がうるさくて眠れない、こんなの望んでなかった』なんて抜かすんだ。契約書通りに動いたのに、後から要件定義の変更を言われても困るっつーの……」


 アリストフェルは魔力結晶のチーズを口に放り込み、適当に相槌を打つ。


「そりゃ災難だったね、ザガン。でもそんなの、『仕様変更に伴う追加対価』で対応すればいいじゃん。オーダーにない『静寂』を求めるなら、特約条項で追加の魔力を支払わせなきゃ」


「ハハッ!そうだな、今からでも現世クライアントに詰めに行くかな」


 ザガンは愉快そうにテーブルを叩き、ヴァルプスの肩を大きく揺さぶった。


「元気か~新人!ビジネスわかってんのか?……契約者に懸想してんじゃねえぞ」


 ヴァルプスは、ただ曖昧な笑みを返しながら、水の入ったグラスを両手で握りしめた。


「ザガン、あなたは言葉が野蛮だわ。破壊なんて低コストな仕事、さっさと消化しちゃいなさいよ」


「なにい」


 いつの間にか側にいたシトリーが、優雅にザガンの肩に手を侍らせた。ザガンが憤慨するが、気にした様子もなく、宙に赤いホログラムを浮かべて見せる。


「それよりも私の案件を見て。契約者が世界一の美女を侍らせたいっていうから、ちゃんとリスクも説明した上で老婆でも絶世の美女に見えるよう精神構造システムを書き換えてあげたのに、あとで原理を説明したら本物じゃなきゃダメだなんて言いはじめてしまって」


「あ~そういう契約者って、いますよねえ」


 アリストフェルはへらへらと笑った。


「私が契約して作った争いのない村も、全員の意思を剥奪したら、契約者にそれはちょっと……って言われてしまって。だったら丸投げしないで欲しい。

 結局、静寂の解像度を0.1%ずつ微調整する修正案で合意しました。契約者というのは、常に仕様が不安定なものです」


 なんともいえない会話のやりとりに、ヴァルプスは目を伏せる。

 自分とレオンの契約に問題はないはずだと、思いたかった。

 ヴァルプスが考え込むようにグラスに口をつけた瞬間、背後の空間の魔力圧キャパシティが跳ね上がった。


 全員が一斉に起立し、一礼する。ヴァルプスも慌てて立ち上がる。ラウンジのその中心に、バルナザールが立っていた。

 大悪魔は鋭い眼鏡の奥から、冷徹な声を落とす。


「君たち、ここは愚痴大会場ではないぞ」


 バルナザールは腕組みをして眉間に皺を寄せた。


「契約者に対して、愚痴を言ってもいいが貶めるな。対等であれ。

 いいか。契約者は、自分が本当は何を欲しているか分かっていない。だからこそ、我々悪魔が最適解を定義し、導く必要がある。ヒアリングしろ」


 悪魔たちは一斉に、神妙な顔で頷いた。

 バルナザールはあたりの悪魔と眼を順繰りにあわせていったあと、最後にヴァルプスを見た。


「ヴァルプス、お前の契約者も同じだ。

 いずれお前に本願を見せるときがくるかもしれない。もしくは、べつの定義へ。

 その転換期(リリース)こそ、お前の腕の見せ所だ」


「――はい」


 バルナザールの言葉に、ヴァルプスはその重圧を真っ向から受け止め、ただ静かに一礼した。

 窓の外、バルナザール領域の「止まった時」は、無数の結晶粒子が光を反射するように、永遠に、そして冷酷に輝き続けていた。






※2026/05/21 大幅修正をしました。

※2026/09/25 大幅修正をしました。

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