第101話:『血の棚卸し ー 01/26 14:15 執行開始』
第3部:血の棚卸し(アセット)
ヴァレリアンが、音もなく空中にチャコールグレーの透過ウィンドウを展開した。そこには「資産:レオン」と銘打たれた、残酷なまでに詳細なバイタルと資産推移が並んでいる。
「……本題に入りましょう、レオン。
一月末、全市場が数字を固めるこの時期に、叔父上からお預かりした伝言はシンプルです。
――『商品』の現物棚卸しを」
ヴァレリアンの静かな圧力が、物理的な重力となってレオンの肩にのしかかる。
「二月十二日の決算発表。市場にさらけ出されるのは我が社の数字ではなく、あなたという『個体』の価値だ。
叔父上は、あなたのその『死にそうな目』が投資家に不要な不安を与えないか、深く……ええ、心から心配しておられる。
……という建前で、我々はここへ来ました」
「……随分と、過保護な『棚卸し』だな」
レオンが皮肉を投げると、隣でP.A.N.D.O.R.Aを揉んで弄んでいたカイウスが、獲物を見つけた子供のような笑みを浮かべた。ネオンエメラルドの光が、メイが展開した六法全書の裏側に、ノイズ混じりの「裏帳簿」を強制投影する。
「そうだよ、レオン。メイさんとかいう美人弁護士や、得体の知れない広報……。
新しいお友達をいっぱい作って、俺らから逃げる準備(背任行為)をしてるんじゃないかって、P.A.N.D.O.R.Aが疑っててさ」
P.A.N.D.O.R.Aが『――逃走確率42%。あーあ、A.I.D.Aっていう「盾」まで並べちゃって。
趣味悪ィ。あの方への反逆、狙ってるでしょ?』と、機械的な毒を吐き散らす。
カイウスが身を乗り出し、卓上の「ルールの壁」を指先で弾いた。
「十月の満期まで、君の命という対価を払い続けられるのか。
……オプションの行使能力、今日はその『中間資産査定』も兼ねているわけで。
……あ、もちろん、背後の影には内緒の、俺らだけの『内密な評価基準』だけどね?」
ヴァレリアンが、レオンの小指に絡む影をあえて無視するように、次の一打を放つ。
「二月十二日の決算に向け、叔父上の『祝辞』の文言調整も行います。
……叔父上の名を冠する際、一文字のミスも、一秒の遅滞も許されない。
……レオン、あなたは『孤立した資産』として、ただ正しく定義されていればいい」
重圧が、レオンの喉元を圧迫していく。
レオンは小指の影がピクリと反応するのを感じながら、薄く笑った。
「……内密な評価基準か。面白い。
だが忘れるな。私の小指に居座る『ノイズ』は、私の心臓が止まればその瞬間に暴発し、この部屋のすべてを飲み込む。
……叔父上の望みは『綺麗な決算』だろう?
私をこれ以上つつき回して、小指の影を本気にさせてみろ。
……二月十二日の決算書は、私の血で染まることになるぞ」
レオンのその一言が、執務室の空気を氷点下まで叩き落とした。
小指に絡みつくヴァルプスの影が、主の感情に呼応するように蠢いた。
カイウスの肩に乗ったP.A.N.D.O.R.Aが、一瞬だけ『――計測不能! 心拍変動、予測円を逸脱!』と悲鳴のような電子音を上げた。




